第五章 対決する
(フォノゴロスの話だと、クリーチャーは全部で四体……)
彼のまったくの無反応が少し意外だったのか、ヒリエッタがやや声を大きくする。
「フォノゴロスは数多くのクリーチャーを造り出したわ。動物や……あるいは無生物を基にして。でも彼が究極の目標としていたのはね、オーフェン、人間を改造することだったのよ」
「で……
オーフェンはマジクを背後に追いやりながら、ゆっくりと聞いた。眼前のサミイはゆらゆらと、その
ヒリエッタが前に出てくるのが、
「ええ。彼の名前はサミイ。フォノゴロスの助手として、この屋敷に住み込んでいたのよ。今ではフォノゴロス作の最後のクリーチャーよ。最後にして……最悪の」
「……奴には、まともな思考能力が残ってるのか?」
オーフェンは右手をサミイに差し向けて
「あるわけないでしょ。肉体も、脳もないんだから。とうに発狂して、魔術士と見るや襲いかかるだけだよ。フォノゴロスと勘違いしてね──来るわよ!」
彼女が叫ぶと同時──オーフェンは背後のマジクの肩をつかんで、
「どうやら、ゆっくり事情を聞いてる
が、そんなものをつぶやいている暇すらないらしい。ぶわあ……と部屋中に
再びこちらへと向かって
「我は放つ光の白刃!」
オーフェンは向かってくる霧の真ん中へと
「お、お師様……」
後ろから、マジクの震え声。オーフェンはサミイを
「あんだよ」
「どうやって倒すんです? あんな幽霊なんて……」
「奴は幽霊なんかじゃねえ。戦闘用のクリーチャーだ」
「だ、だから、そのクリーチャーってのはどう倒すんです?」
「そこの魚に聞けよ」
言ってオーフェンは、床に転がるフォノゴロスの死体を指さした。皮肉のつもりで言ったのだが、マジクはどうやら本気に取ったらしかった。はあ、とため息をつきつつのろのろとした足取りでそちらへと向かう──
「危ねえっ!」
オーフェンは、はっと気づくと、後ろからマジクを突き飛ばした。小柄な少年はそのまま数歩ばかりつんのめるようにして、汚水まみれの床に転んだ。がばっと起き上がり、非難じみた表情をこちらに向ける。
「なにするんですかお師様──」
だが、叫びかけてマジクも気づいたらしかった。一瞬前まで彼が立っていた床から、短い腕を精一杯伸ばすようにして、ナイフをくくりつけられた『手』が──ケンクリムが姿を見せている。
「げ……」
マジクが気味悪そうにうめく声が、空気のしけった地下室に響く。オーフェンは素早く自分の腕を引き
「我
叫ぶと同時、手の中に、実際に剣を
と──
「うわあっ!」
再びマジクの悲鳴が響いた。見ると、なにやら黒い
「我は放つ──」
オーフェンはダストシュートの穴に
(間に合わない!)
オーフェンは胸中で悲鳴をあげた。
魔術が発動するよりも、向こうがこちらの首を
ぎいん!
鋭い金属音に首をすくめると、彼のすぐわきで、黒い鞭の先をヒリエッタがナイフの背で受け止めていた。彼女の顔──緊張した笑みを浮かべる
「我は放つ光の白刃!」
かっ!──
真っ白な
ヒリエッタがナイフを片手に警告してくる。
「……あれがアクセル。気をつけて。危険な奴よ」
「そんなの、どれだって危険ですよ!」
マジクがかん高い声をあげつつ、こちらに駆け寄ってきた。
(ま、確かにな──)
オーフェンは胸中で同意しながら、もう既に部屋の真ん中で人型を取ったサミイを見やった。
「どこから顔を出すか知れない『手』に、とんでもないスピードで鞭だが
「彼を殺して」
ヒリエッタが即答する。
「……なに?」
「できないとは言わせないわよ。なんのかんの言ったところであんたは、この大陸で最も人を殺すのが
「?」
マジクには、彼女の言ったことのうち、なにひとつとして理解できなかっただろう──こちらと彼女とを交互に見やり、きょとんとしている。オーフェンは、歯がみする思いで彼女をにらみやった。ヒリエッタは油断なくクリーチャーたちに向けナイフを構えながら、こちらの反論を予想して身構えている。が──オーフェンは、反論はしなかった。
代わりに、負け
「……奴らが人間だったら、の話だろう」
「サミイは人間だったのよ」
「知ったことかよ」
オーフェンは低く毒づいた。ひどく胸がムカつく。当のサミイは『鎧』の背後に
(最良の手は、逃げることだ。が……)
オーフェンは額の汗を
「怪物になるなんてのは、アザリーひとりで十分だったんだよ」
「……え?」
自分で思っていたよりも大きな声を出してしまっていたらしい。マジクとヒリエッタが同時に聞き返してきた。
オーフェンは無視して静かな──静かな目付きで、真正面からマジクを見やった。
「……おい。クリーオウが死んだ、てのはホントか」
「あ……」
開いた口に手を当てて、マジクが絶句する。言ってしまったことを
「え──ええ」
「そうか……」
オーフェンはそれだけ答えて、今度はヒリエッタへと向き直った。
「この場は退却だ。こんな密室じゃ、いずれ追い詰められる。合図をしたら出口に飛び込むんだ。君が最初で、次がマジク──」
「……一応、あんたの意見には賛成だけどね」
ヒリエッタは、真っ赤な
「大事なことを忘れてるんじゃない? クリーチャーは全部で四体いるのよ」
彼女のつぶやきにぎょっとして、オーフェンは扉が開いたままになっている出口へと視線を転じた──
そこには、ひょろりとした
◆◇◆◇◆
「う……」
長く、細いうめき声をきしるように
「くそっ──たれが」
そこは、部屋の中だった。窓もなにも内側から打ち付けられた、物置小屋のような一室である。もっとも、ちらとでも見回してみれば、その部屋が物置でないことは容易に知れた。彼が倒れていたのは床の上だが、部屋の中央にはしっかりとベッド──と言うより、手術用の寝台が
部屋はかなり広く、
「手術室、か……」
ごく単純にコーゼンは、そう思った。とすると、ここは病院かなにかなのか……
腰に下げている
「待てよ」
と、コーゼンは
「そう──フォノゴロスだ。そう言っていたな。異端者フォノゴロスの屋敷が、このあたりにあると聞いたことがある。ひょっとしたら、ここがそうか……」
歩きだして彼は、ぐにゃりとした感触を足の下に感じた──いやな表情で、そちらを見やる。と、それは巨大な
「完全に
あるわけないのだが、そんなことはどうでもいい。コーゼンはそう判断すると、顔を上げた。中央の寝台のことが気にかかっていた。ぐったりと誰かが横たわっている──
近づくとそれは、さっき村で会った──どころか
(外傷はないようだが……?)
コーゼンはいぶかしみつつ、少女の首筋に指を当てた。しばらくしてから、嘆息する。
「死んでいる──いや……? なんだ?」
分からない。が、確かに脈はない。体温も、室温よりは高いがかなり冷えている。
だが、違和感がある。この少女の胸元にナイフでも突き立っていたなら、コーゼンもさして気にはしなかっただろうが──まったく死因が見当つかないのだ。