彼の足元には、体長二メートルはあろうかという巨大な魚が横たわっていた。形にしてみれば、マグロあたりが近いのかもしれない。都会育ちのオーフェンには、かんづめにも入っていない魚の区別などつきづらいところだったが。魚は真っ赤なエラを大きくふくらませ──呼吸できないせいか、いきなりぐったりと動かなくなった。だが、彼がぎようしたのは、そんなことのせいではなかった。

 魚の腹──真っ白というか、銀色のうろこおおわれた腹に、人が張り付いている。いや正確には、魚の鱗の下にいるようだった。まるで蛇に飲み込まれた獣が、獣の胃をたっぷりとふくらませているような格好である。うすいゴムのまくを押し付けられたみたいに、のっぺりした目鼻のりんかくだけを浮き上がらせて、気をつけの姿勢で人間が、魚にくっついている。ただその口の部分だけがわずかに開いていて、細いチューブをくわえていた。そのチューブは──視線でたどると──あんじよう、水槽の上の伝声管につながっているらしい。

 そこまで見たときには、もう魚は身動きひとつしなくなっていた。

「な、なんですか、これ……?」

 べったりと顔についたこけを落としながら、マジクが聞いてくる。オーフェンは、ごうもんされているような気分でつぶやいた。問いかけとは全然関係ないことを。

「分からねえよ。自分まで、クリーチャーに改造していたんだ、この馬鹿……」

「……え?」

「ただ言えることは……これが、ラモンだかキエフだか分からない、黒魔術士フォノゴロスのさいだ、てことだ」

 そして……

 気配を感じた、というよりは、恐らくそこにいるんだろうという直感で、オーフェンはふりかえった。足元で、濁り水が音を立てる。ふりむいた先には──

 天上の穴から、黒いきりがゆっくりと舞い降りてきていた。霧はお約束どおり人の姿をとり──震える目で、こちらをにらみすえた。

「ニゲラレルモノカ──フォノゴロス──」

 ちら、とマジクを見やると、少年はぞっとしたように、

「ぼくだけ逃げてきたんです。すきをついて、ダストシュートのようなものを見つけたんで、とっさに。クリーオウは──」

 そこまで言って、続けられなくなる。マジクが震えながらまた目に涙を浮かべるのを見てから、オーフェンはゆっくりと足元でぐったりしている魚を指し示した。

「フォノゴロスなら、こいつだ。もう死んでいる」

 が、亡霊──サミイは、かたくななぐさでかぶりを振ると、

「ソレハ──クリーチャー・ダ──フォノゴロスデハナイ──」

「くっ……」

(まさか……フォノゴロスの奴、サミイから逃れるために自分を改造したんじゃねえだろうな)

 オーフェンは、わずかに腰を落とした。『亡霊』相手にどんな魔術が通じたものか、見当もつかないが……

 と、そのとき、背後で扉が開く音が響いた。オーフェンはふりかえらなかったが、その扉を開けたヒリエッタがきっぱりと言うのを聞いていた。

「ようこそ。オーフェン。紹介しなければならないわね──彼がわたしの本当のスポンサー。サミイよ」