そんなことも、胸中に浮かび上がってくる。

 いつから、そうでなくなったのか──いや、結局は今だってたいして変わったわけでもないだろう。ただ、トトカンタの実家では味わったことのなかったしようそうを感じていることは、はっきりと彼女は自覚していた。

(わたし……そんなにお荷物なのかなあ……)

 てんじようを見上げて、思う。

(オーフェンがね、保護者づらしたがるのも、分からないではないのよ。だいたい、未成年者ふたり引き連れて旅してるんだから、最年長者ってことで責任を自覚するのはむしろ当然かもね。でも──)

 彼女は声に出してつぶやいた。

「わたしだって、オーフェンがその気になってくれさえすれば、きちんと相棒として働けるんだから」

 いくらお嬢様育ちとはいえ、学校も下町のところに通い、友人もそちらのほうが多いし、そうそう世間知らずに育ってきたわけではないと自負している。とっさのことにも──その行動指針の正否は別とすれば──少なくともじんそくに、なにかしらの判断を下すことはできる。剣だって使えるし、なにより、いくら金を積まれようが、どんな絶望的な状況になろうが、まず絶対に彼を裏切ることがないのが自分だ、と思っている。

(これだけ条件がそろっていれば……まあ対等ではないにせよ、パートナーを名乗るのに不足はないはずよ。うん。もし、まだ足りないところがあるとすれば──)

 こんこん、と、扉がノックされた。クリーオウの返事を待たずに、少々か細い、おくれしているような声音が続く。

「クリーオウ。ぼくだけど……入るよ」

「どぉぞ」

 クリーオウは、ムッとした表情で扉をにらみつけた。

 扉が開く。そこには、マジクが立っていた。

(まだ足りないところがあるとすれば──)

 クリーオウは胸中でくりかえし、はっきりとしつの念がこもったまなしで少年をにらみつけた。足りないところがあるとすれば、それはこいつなのだ。

(オーフェンがわたしのことを認めてくれないのは、あの石頭、わたしが魔術を使えないからに違いないのよ)

 部屋の入り口で、どうやらこちらのぎようそうにびっくりしているらしい金髪の少年は、まどうようにいつまでも、そこに立ちくしていた。


 ◆◇◆◇◆


「……めんどうなことになったな」

 村から数キロほど離れた森の中、ぼさぼさの黒髪に隠れるようにして眠たげな眼差しをのぞかせるその男は、ぼそりとした声でそうつぶやいた。実際の年齢はさほど高くはないのだろうが、見かけはそれよりけて見える。そんな男だ。実年齢で三十少し前、見かけで四十過ぎというところか。しようひげを伸ばした、せいかんな顔付きの男である。なまり色の戦闘服──それも、くさりを仕込んだ魔術士用のスーツを着込んで、腰には細身の、片手用の軍刀を下げている。こつな手がそのつかれて、手の甲のしようこんをもぞもぞと動かしていた。

 その、ともすれば当人とは別生物なのではないかと思わせるような傷痕の動きを見つめながら、男の周囲に集まっている数人の男たち──としかつこうもちぐはぐな、あからさまに寄せ集めといったふんの暗殺者たちのひとりが聞き返す。

「……つまり? どういうことです、コーゼンさん」

 コーゼンと呼ばれたその男は、眠たげなそうぼうをちらと上げ、答えた。

「つまりだ。我々は奴の暗殺に失敗した。奴もこれからしばらくは警戒を強めるだろうし、そうなれば我々も次の機会を待たなければならない。だが、こんな郊外の村では、あやしまれずに身を隠す、というのはいささか無理がある」

「やはり……《牙の塔》の魔術士を相手にする、なんてのは──」

 暗殺者の、今度は別のひとりがおびえた声をあげるのを、コーゼンは皮肉げな視線で応じた。

「馬鹿なことだった、とでも言いたいか?」

「じゃあ……あんたは、そうでないとでも?」

「あの男がすぐれた黒魔術士だということは認める」

 コーゼンは、剣の柄から手を放し、自分のあごに当てると、不精髭の一本をぶつんと引き抜いた。

「《牙の塔》の魔術士であるといううわさも、あながちまとを外れてはいないだろう。あれほどの力を持っている男が、まったくの無名だというのが信じられんがな。あるいは、オーフェンという名前はめいなのかもしれん──実際、馬鹿げた名前だ。ふざけているとしか思えんな。資料では不明になっている奴の経歴も、気になるところだ」

「なら、そいつを敵に回すのは……」

「そうでもない。いくら力を持っていようと、しょせんは若造だ。技術もあらけずりだし、なによりたんりよくも経験もない。目の前で敵が死んだ程度で取り乱して、せっかくのりよを逃してしまう程度の男だ。なあ?」

 と──右手に立っている、右腕を包帯でっている長髪の男にくばせをする。オーフェンに木から落とされて、じんもんされかかった暗殺者である。だが、彼は同意するよりも、どちらかと言えば当惑したふうで、つぶやいた。

「そりゃ、あんたも魔術士だから言うんだろう。じゆくだろうとなんだろうと、俺たちにしてみれば──」

 そこまで言いかけたところで、その長髪の男は、がくん、と一回だけ身体からだけいれんさせた。

「────?」

 まわりの男たちが、みな一様にいぶかしげな視線を投げる。その視線の真ん中で、長髪は目を見開き、腹話術の人形のような調ちようでしゃべりはじめた。

「ア──ア──」

 自分ののどに手をやって、続ける。

「ミ──ツケ──タ──ゾ──」

 異常に対する、暗殺者たちの反応は素早かった。ざっ──と長髪から遠ざかるように後退りし、おのおのの武器に手をかける。その中でコーゼンだけは無手のまま、指先を長髪に突き付け、叫んだ。

開け!」

 恐らく、そのあまりにも一般的な単語がどういう結果を意味しているのか、聞いた瞬間に理解した者はこの場にいなかっただろう。そんなどうでもいい思いが、コーゼンの脳裏に浮かぶ。次いでその瞬間、彼の魔術は発動していた。

 ざむっ──大きめのくつの底で粉雪を踏み締めるような音が響き、長髪の左肩から右わきばらにかけて、けに巨大な傷口があぎとを開ける。心臓に近いあたりから、バケツに入れた水を捨てるような勢いでたった一度だけ、鮮血があふれる。もうその時点で、長髪は絶命して意識を失っていた。吊り包帯から抜けた腕をぶらりとさせながら、長髪の死体は、がっくりと後ろに倒れていった。

 そして……その傷口から、もわっと──黒いきりのようなものが、ただよい出てくる。霧は森の中の風に吹き散らされそうになりながらも、人の形に変化していった。

「な、なんだあ?」

 暗殺者のひとり、ひょろっとした手足の長い男が、悲鳴をあげる。手にしているナイフは空しく、虚空に震えていた。

 霧の人型は、白衣を着た線の細い若者の姿で、コーゼンだけをえていた。

「ミツケタゾ──オマエハ──マジュツシダ──フォノゴロス!」

「ふ、ふぉの?」

 まったく分からないという口調で、コーゼンが聞き返す。

「フォノゴロス──オマエノ──シタコトヲ──オモイシレ!」

「吹き飛べ!」

 コーゼンは無視して呪文を発していた。彼の突き出した両手から、せんこうとともに電光が走る。稲妻は一直線に霧の人影を打ち抜いたが、黒い霧は一瞬だけ吹き散らされただけで、数秒後にはまたもとの人型にもどっていた。

「くそ──」

 うめき、コーゼンはやや腰を落とした。ほかの殺し屋たちは、手にした武器で意味もなく霧に向かってりかかっている。文字通り無意味なだけで、ナイフであろうがなんであろうが、それは黒い霧を通り抜けるだけだった。

「亡霊だ──」

 誰ともなしに、そんなことを言いだす。その瞬間──

「え……?」

 間の抜けたうめき声を、ひょろ長い男があげた。見ると、彼はぴたりと動きを止め、自分の胸元にゆっくりとひろがっていく血のみを見下ろしている。

 そして、ほかの方向からも──

「痛てっ!」

 これもこの事態の中では、間が抜けているのに違いはないが、それなりに意味のある悲鳴ではあった。こちらは、いきなり地面に倒れると、足首から先をざっくりとうばい去られた傷口を見て硬直している。地面に沈みゆく、刃のついた手が、一瞬だけ見えた。

 ぴうっ──!

 今度はかん高い音が、風を切る。胸元に血のあとを拡げる男の首が、苦もなくごとんと地面に落ちた。

「いったい、なにが起きてるんだ?」

 コーゼンはとにかくあたりを見回しながら、うろたえた声を出した。こうなると、魔術もなにも無意味だった──敵の正体が分からず、姿さえも見えず、対抗する方法も思いつかない。

「亡霊じゃないぞ、こいつら──」

 コーゼンはつぶやきながらくるりときびすを返すと、最後に残った仲間の顔をちらりと見やった。

「こいつらはバケモンだ!」

 叫ぶ。

 が──どうもさっきから静かだと思っていたその仲間は、とうに事切れていた。立ったまま、強烈な酸をかけられでもしたように、頭部が半分以上溶解してなくなっている。

「くそ──!」

 コーゼンは、必死になって駆け出した。その背後で、足首を失って倒れていた仲間のだんまつの悲鳴が、森の中に響き渡っていた。