「なんだ?」
「アンチョコを見てもいいですか?」
「不可」
即答されてマジクは、嘆息してみせた。彼は仕方ないという表情で続けた。
「ぼくらの使っている能力は『魔術』──そして、そもそも世界の
「その個人差を称して、俺たちは『才能』と呼んでいるってわけだ」
マジクの後をついで、オーフェンは窓枠から腰を外した。と、ふと気づいたように、マジクに向かって手を振って、
「おっと──悪かったな。
「いえ……まあ、つまりそういうことです。この力量の差には、なにが原因になってるのかっていうのは、まだ結論が出てません。体力には関係ないし、年齢にも関係ない……
クリーオウがそれを聞きながら、少し考え込むように
「強い魔術士っていうのをみんな並べてみてさ、その共通点をあげていけばいいんじゃないかしら」
「そいつは、俺だって考えてみなくはなかったけどな」
オーフェンは微苦笑をもらしながら、
「チャイルドマン教室──《牙の塔》で俺が参加していた教室の魔術士は、俺も
と肩をすくめ、
「まったくタイプが違う。共通点は、まあ、まるでないと言ってもいいだろうな。まあ、その話は忘れて、マジク、このへんは
「はあ……ええと、ぼくらが扱うのは音声魔術と呼ばれるもので、これは大陸でも一、二を争うくらいに強力な魔術ということになります」
「一、二は買いかぶり過ぎだな」
オーフェンが口をはさむと、マジクはあっさりと言い直した。
「まあ、それほど弱い部類でもない、ってことなんだ」
「ごくごく一般論的にランクをつけちまえば、七種類の魔術のうち、最も強力だと言われているのがウォー・ドラゴン種族が用いる破壊魔術」
「はかい?」
クリーオウが、すっとんきょうな声で聞き返す。
「そゆこと。文字通り、なにかを──あるいは、なにもかもを破壊するためだけの魔術さ。
と、肩をすくめ、窓を離れたオーフェンを継ぐように、マジクがクリーオウに向けて続ける。
「ぼくらの音声魔術の最も
「黒魔術は、熱とか、波動とかの物理的なエネルギーや物質──肉体そのものを扱う魔術のことだ」
オーフェンは窓を離れ、部屋を横切るように歩いたあと、くるりときびすを返してまた窓のほうへ行きながら、講義口調で続けた。
「白魔術は逆に、時間と精神とを操る。まあ、黒は実在する事象を扱い、白は実在しない事柄を繰る、なんて言い方もあるな。一般的に白魔術のほうが技能的にははるかに高度で、また
と、ベッドにいる生徒たちのほうへと振り返る。
「分かったか、クリーオウ?」
「……ぐー」
「あ、こら、なに寝てやがる!」
オーフェンがベッドに駆け寄り、揺さぶって起こすと、むにゃむにゃと声を上げながらクリーオウは答えた。うつ伏せにベッドに寝っ転がったまま。
「だって、いまいち
「ったく……だから無駄だって言ったのに。じゃあお前、いったいなにが聞きたかったんだよ」
いきなり上体だけむっくりと起き上がって、クリーオウが言った。
「明日からできる魔術の使い方♥」
「できるかっ!」
「じゃあ寝る。ぐー」
「このクソアマ……」
再びぽてんとベッドに倒れ込み、寝息を立てはじめたクリーオウに向かって、わなわなと両手を震わせながらオーフェンはうめいた。
「いいか──寝たふりしたまま聞いてろよ。時間を無駄
「ぐー!」
わざとらしく、
その上に
「お得意の駄々をこねたトコで、無駄なもんは無駄だからな! お前がいくら無駄な努力をしよーが勝手だが、二度と俺にねだるんじゃねえぞ、めんどうだから。ざまみろ、へへーん!」
「お師様……」
頭を抱えるようにして、マジクが聞いてくる。
「なんで口ゲンカになると、精神年齢が下がるんです?」
「うっせえな。相手のレベルに合わせてるんだよ」
オーフェンがそちらに向き直ると、マジクは不思議そうに言った。
「ところで今思い出したんですけど、素養って言えばお師様は、ぼくのことを見ただけで魔術士の素質があるって見抜いたでしょう? どうしてなんです?」
「別に見ただけで分かったわけじゃねえよ。人間の資質を一目で見破ったら、化け物か神様だろうが」
オーフェンは、まだ
「バグアップの
持ち
「……わたしは、魔術士の血をひいてないから駄目なわけ?」
「ま、そういうことだ」
オーフェンは、気まずい思いで彼女の金髪から手をどけた。
「だがまあ……結局のところ、魔術の才能がないってところで、ただそれだけのことさ。その代わり、お前にゃクリーオウ・エバーラスティンって、ほかの誰にも
ぐるり、と
「それってつまり、わたしの個性ってこと?」
「個性って言葉は──なんだか取ってつけたようで──あまり好きじゃねえんだけどな。ま、そういうことさ……ってマジク、お前なんでそんなに青ざめて
「いや、その……」
信じられない、という視線で、マジクは答えた。
「まさかお師様がクリーオウを
「うるせえっ!」
オーフェンは多少ほおを紅潮させて
しゃん……しゃん……しゃん……
鈴の音? のような静かな、だがはっきりと聞き逃しようのない音が、遠くから聞こえてくる──目をすがめてみるが、それがどこから聞こえてくるのかは、よく分からない。周りは
「────!」
がば、とオーフェンは夢から
(なんだ──?──この、感覚……?)
星明かりだけがほのかに照らす部屋の中を、ぐるりと見回してみる。簡易ベッドをはさみこむようにしているベッドの上には、それぞれマジクとクリーオウが、すーすーと寝息を立てていた。きっちりと気をつけの姿勢で寝ているマジクと、それに比べれば少々いぎたないクリーオウの
オーフェンに限らず《牙の塔》の黒魔術士は、ある程度までなら自分の記憶や精神状態をコントロールできるよう、徹底的に訓練させられている。が──
(できない……?)
オーフェンは、胸中でいぶかった。ただひたすらにかき乱されるままに、平常心がかき消えていく。呼吸すらが……できない。
(これは……白魔術……か……?)
がくん、とひざから力が抜けて、彼はとっさに椅子の背をつかんで
だが、いま感じているのは、その感覚とは違うものだった。
(違う……もっと……別の……
自我が消滅する感覚?
「ふざけるなあっ!」
同時に、彼の身体の中心から爆発的なまでに魔力が
「ひえええええっ!」
──というのはマジクがあげた悲鳴だろうが、今のオーフェンにはそんなことを確認している
「な、何事なんですか、お師様っ!」
裏返しになってふたつ重なっているベッドの下から、顔だけ出してマジクが叫んだ。その横ではクリーオウが、枕を抱き締めて寝ぼけ
オーフェンは声を低くして答えた。
「敵……だ」
そのせりふには、確信はなかった──自分で言いながら、なにを言ってるんだといぶかったほどだ。敵だと? 悪夢にうなされて、起きてみて
──いや──
「敵だ」
オーフェンはくりかえして、左手でそっと、胸元のペンダントをにぎった。
(今、俺の身体から出ていったのは……暴発して放った魔力だけじゃなかった)
ぞっとしながら思い起こしてみる。もっと別の、異質なものが、
(となると──そいつは、今は俺の魔力に引き
と、じっと汗をたらしながら視線を鋭くする。部屋の隅々から、なにか黒い霧のようなものが、ふらふらと
「おいっ!」
声。そして──どんどんどんっ! 激しく扉がノックされた。
「魔術士! コラ! なんの
騒ぎを聞きつけて上がってきた──どうやらボルカンらしい。となれば、ドーチンもいっしょだろうが。
霧は
と──霧が、声をあげた。
「──ニ・テ・イ・ル──」
ぎょっとして、オーフェンは半歩ばかり
霧は、続けて声をあげた。それは確かに、空気を振動させる、生の『声』だった。
「オハエハ──ヤ・ツ・ダ──」
どんどんどんど……
ノックの音だけがひたすら、無意味に続く。
「なん……だと?」
オーフェンは、
「あ。
(幽霊……お化け……
その、あまりにも唐突といえば唐突な単語に、オーフェンは面食らったような思いだった。確かに、
「ふざけんな、この世に亡霊なんているか──」
その毒づきが、合図になったかのように、霧──いや〝亡霊〟は、金切り声にも近い声音で絶叫した。
「オ・マ・エ・ハ──フォノゴロス! ツイニミツケタ──」
亡霊は、いまだ
「フォノゴロス?」
オーフェンが聞き返した瞬間、ボルカンが扉を
「────!」
オーフェンは瞬時に、身体を投げ出すようにして横に跳んだ。その横を、すさまじい速度で亡霊が飛び抜けていく!
部屋に再び、爆音が響いた。衝撃と爆風が吹き荒れ、亡霊が飛び出したままの勢いで、窓のある壁をぶち抜いて吹き飛ばした──
と、オーフェンは思った。
「…………?」
だが、亡霊が通り抜けていったその壁は、まるっきり傷ひとつなく──もっとも、先刻オーフェンが与えた損傷は別としてだが──取り
「な、なんだ、今の?」
壊れた扉を踏み越え、人間サイズの
「……ユーレイ、だそーです」
「幽霊?」
疑わしげに、ドーチン。眠そうに
「やめてくださいよ、そゆこと言うの。兄さんすぐに本気にして、またロクでもない商売にしようとするんですから──」
「おい」
オーフェンは、それらの会話を後ろ耳にしながら、
「
と窓の外を凝視する。ほかの連中の視線も、彼の視線を追うようにして、同じところに集まっていくのが
ちょうど窓のすぐ外に立ち──二階にある、この部屋をのぞくようにして、
「蛇……ですか? あれ」
マジクの声に、うなずく余裕をオーフェンは持っていなかった。それは確かに蛇だった。だが、蛇ではなかった。蛇の頭の下──細長い首の下に、なで肩の、人間の肩が見える。
「蛇人間!」
勝手な名前をつけて、ボルカンが叫んだ。寝間着のままで、剣を抜きにかかっている。ついでに、どさっと物音がした。オーフェンがちらりと振り向くと、ちょうどクリーオウが
「我は放つ──」
オーフェンは身構えて、魔術を放とうとした。が、それよりも早く、蛇人間の姿が闇に消える。
「なに?」
そして、蛇人間の消えた夜闇の中から、大気を切り裂いてなにかが飛び込んでくる!
「うわああああっ!」
オーフェンはしりもちをついて、それを
が──
「ぎあっ!」
背後で、マジクの悲鳴があがる。見てみると、マジクの上にのっかっているベッドのクッションに長弓の矢が突き立っていた。
「よっしゃ──!」
オーフェンは、自分がいきなり元気づくのを感じた──矢ならば、人間の武器だ。わけの分からない亡霊やら蛇人間やらと違って、人間が相手なら、それを片づける方法を知っている。
ぱっと跳び起きて、一気に窓から身を
だんっ! と、足からの衝撃をひざで受け流し、オーフェンは地面に降り立った。りーん、りーんと気の早い虫たちの鳴く声。それを耳に受けながらオーフェンは、あたりを見回した。
(もし、いま俺を
オーフェンは、くるりと宿の入り口のあたりにあるしげみに右手を突き出した。
(入口近くで待ち伏せて、俺が飛び出してきたところを狙う!)
「我は放つ光の白刃!」
闇にほとばしる光熱波が、宿のポーチを囲むようにしている植木を燃え上がらせた。が、それと同時に、野太い地声で叫ぶ声がする──
「消えろ!」
と、
(魔術──殺し屋たちの中に、魔術士がいる?)
オーフェンは、さっと身構えながらつぶやいた。が、今の魔術の波動──魔力とイメージの構成から感じるに、さほどの腕を持った魔術士ではない。恐らく、修業
しげみから、がざっと人影が飛び出して逃げるのが見える。
「逃がすかよっ!」
と叫びながら、追いかけはしない。飛び出した人影が複数なのが、ちらりと見えていた。だとしたらその中のひとりを追っている間に別の暗殺者に待ち伏せを食らう可能性が高い。
とは言え、逃がすつもりがないのも同様だった。彼らがオストワルドの
オーフェンは、すっと息を吸うと、頭の上で腕を交差するようにして叫んだ。
「我は呼ぶ破裂の姉妹!」
同時に、差し上げていた腕を地面に向かってたたきつけるように勢いよく下ろす。
ぐわっ──空気がひしゃげ、無差別な衝撃波がそこら中で破裂音をあげた。
「ぐうっ!」
「うおっ!」
といったようなうめき声が、近くの樹上から聞こえた──数メートルほど離れたところにある、葉のつきがいい木の上からである。一瞬後、枝から弓矢を持った男がふたり、地面まで真っ
(捕まえるのはひとりでいい)
オーフェンは胸中で満足げにつぶやくと、しっかりと
まず手前にいたほうの男のみぞおちに
「お前らを傭ったのはオストワルドだな──トトカンタのザナドュ・オストワルドだ」
オーフェンは
オーフェンは
「ま、そりゃそうだろな。プロの暗殺者なら、自分が殺されたところで
それが殺し屋と、ただのちんぴらとの違いだったし、その違いは絶対だった。
「なら、こっちの質問ならどうだ──? いったいあの亡霊と蛇野郎はなんなんだ」
「ぼ、ぼう──?」
不意つかれたように、殺し屋はすっとんきょうな声を出した。
ん? といぶかって、オーフェンは続けた。
「亡霊だよ。お前らの少し前に、部屋に現れた──」
「なんの話だ? 俺たちは──」
殺し屋は、どうやら左肩を骨折しているらしかったが、持っている弓を視線だけで示した。そして続ける。
「俺たちは、お前が眠ったところに
殺し屋は無念そうに唇を
「夜襲はあったんだよ」
オーフェンは
「ただし、ポーチの陰に隠れていたお前の仲間どもじゃなくて、わけの分からん亡霊のだ。くそ、お前らが知らねってんじゃ、いったい誰が──」
「ぎゃあああああああああっ!」
悲鳴──
はっとして、オーフェンはさっき悶絶させた男のほうへ肩越しに振り向いた。殺し屋の片割れは、地面に
殺し屋の身体が苦痛にのけぞり、『手』の指の間から血があふれ出る──
「うっ──ぎゃああああっ──!」
少し間をおいてから、殺し屋が再び悲鳴をあげた。ごく、と
そして『手』は、
「う、わわわわわっ!」
と、悲鳴をあげて
「…………?」
地べたに座り込んだまま、恐る恐る振り仰ぐと、彼の背後にのっそりと、背の高い人影がある。夜空に向かってそびえる、
「おのれ──!」
なかば
が──その指は、標的のまぶたをかすめるあたりで、ぴたりと動きを止めた。
(…………?)
オーフェンはとにかくわけが分からず、目をぱちくりさせた──自分の視界いっぱいに、人間の顔が広がっている──目を閉じるべきだ、と狂気じみた本能が告げた。だが──と彼は、自分に問いかけた。殺し合いの最中に目を閉じるだと?
(これが殺し合いか?)
頭の中のどこか──遠い、暗い
オーフェンは目を閉じた。
目を閉じてからは、それほど長い時間はかからなかった。彼を抱き締めている手──そう、それは女の手だった──が、彼の背中をひととおり、軽く
なんにせよ、落ち着いた心中でならば、彼女がいま自分にキスをしていたのだと判断できた。
「ヒリエッタ……?」
我ながら間の抜けた、と思える声で、オーフェンはつぶやきかけた。彼女は、まるで今の感触を味わいなおすように真っ赤な唇を舌なめずりすると、心底おかしそうな笑みを浮かべた。
「とんでもない体術を使うのね、あんたって……今のって《牙の塔》で習ったわけ?」
「たいじゅつ?」
オーフェンは、きょとんとしてから、
「あ、ああ──いや。い、今のは──体術、なんてもんじゃない……」
尻すぼみに声が小さくなるのを自覚して、赤面する──恐慌状態になって失態を見られたというよりも、今とにかく心臓の
「あれは──その、殺しの技だ。まだ俺にできるなんて、思ってなかった……」
「ふうん?」
ヒリエッタはこめかみをナイフの
「あんたもその技で、人を殺したことがあるわけ?」
「まさか」
オーフェンは、汗でぐっしょりになった額をぬぐって否定した。
「単に、覚えさせられただけだ。ふだんは
と──、思い出す。