第二章
「たまに思うんだけど、オーフェン」
「俺も、たまに思うんだけどな、クリーオウ」
ふたりは互いに同時に言った。
「あんたって、女たらしだわ」
「お前って、どーしよーもない
しん……と、馬車上が静まり返る。ぽくぽくと足音を立てる馬までもが、
自分のわき──御者台の横に、ちょこんと座った
「どうして俺が女たらしなんだよ」
「なんでわたしが我がままなのよ」
そのまま、会話がばったりと
オーフェンは
翌朝になって、ヒリエッタは姿を消していた。書き置きを一通、オーフェンのシュラフの
書き置きには、彼女にはなにやら用事があるから急ぐということと、もし彼女の依頼人に会うつもりがあるのなら、ここに来いという伝言が書き残されていた。
が、それはともかくとして、その書き置きはまずかった──多分、クリーオウは妙な誤解をしているに違いない。少なくとも彼がヒリエッタと一晩中いっしょにいたくらいには
「知り合ってから一か月近く
クリーオウが、まるで指でつまんだように
「まずわたしのお
「あれは狂言。しかも発案者はボルカンの
「街道わきの宿屋で、ウェイトレスのおしりさわったわ。めちゃグラマーな」
「あれは純然たる誤解。いや、ほら──ボリュームがある分、手がぶつかる確率も大きいだろ」
「この前のアレンハタムでも──」
「ステフのことを言ってるなら、あいつはただの友人」
「違うわよ。甘いものなんてめったに食べつけないくせに、クレープなんて買ってたでしょ。あれは絶対に女をひっかけようとしている目付きだったわ。売り子が
「ありゃ、お前に買ってやったんだろ。なんだかお前が
「違うわ。その前に、馬車に乗ってたお
「よく見てるな、お前……でも、先に手を振ったのは向こうなんだぜ」
「無視すればいいじゃない! それに、最近じゃ、宿に泊まるたび、夜な夜なマジクとふたりで部屋にこもってわたしを閉め出したりするでしょ。
「あのなあ! 魔術の講義に、お前なんかが参加したってしょうがないだろ」
「…………」
それを聞いてクリーオウが、しばし口を閉じる──やがて彼女は、いきなり思い出したように
「わたしも魔術が習いたい!」
「
即座にオーフェンは言い放った。
不服そうに、クリーオウが身を乗り出す。
「なんでぇー?」
「
だから月に一度は、大きな街に立ち寄らなければならない。しかも伝書
街道のわきに野宿するのと違って、宿泊料がかかって仕様がない。
クリーオウは、しばらく考え込むように
「月謝はともかくとして……なによ、その無駄っていうのは」
「資質のない人間には魔術はできない。これは
「生まれ変わる、かぁ……」
クリーオウは言われて、
「生まれ変わるなら、わたし、魔術士がいいな」
きゃらきゃらと
「生まれ変わりなんて信じてるのか? だが、そいつがあるとして、俺だったら金持ちの次女に生まれたいね。なんの苦労もなく暮らして、間違ってもモグリの金貸しの借金取り立て道中にくっついてきたりはしねえだろうよ」
「なによそれ。仕返しのつもり?」
「さてね。別に、勝手についてきて、しかも俺の金くすねて服やらなにやら買ったりしても、お前がどーしよーもない我がまま娘だなんて言わねえよ。ただ、なんで俺にくっついてきたりしたんだよ」
「ん~?」
クリーオウが困ったように
「わたしね、オーフェンって、絶対そういうことを聞かないって思ってたんだ」
と、指先であごをかく
「でもね、しばらくしたら絶対に聞いてくるだろうとも思ってたの。だから、用意していた答えがあるんだけど……」
「なんだよ、それ」
「うん。つまり、オーフェン、ちょっと前にわたしに言ったでしょ。わたしのこと『
「…………」
オーフェンは答えなかった。ただ、ぎくりとするのが自分でも分かった。
クリーオウは構わずに続ける。
「うまく言えないんだけど、わたしってほら、お嬢様だったでしょ?──なによ、その
「いや別に……」
オーフェンは目をそらした。
「まあいいわ。それでね、わたし、オーフェンみたいな人を見たのは、初めてだったわけ。なんて言うの、ヤクザ?」
「……お前な」
「
「……なんでだよ」
しわがれ声で、なんとかつぶやく──確かにオーフェンにも、そういうことを言った記憶はあった。単に軽い気持ちで言ったのだが、恐らく誤解されてるだろうな、とは思っていたのだ。
「だってさ、わたしはオーフェンのことすごい人だって思うから、そのオーフェンにも同じように思われたいの」
「……いや、お前はすでにすごいっちゃすごい奴なんだが……」
「そう?」
クリーオウは、にこっと笑いかけてきた。が、オーフェンはとても笑い返す気にはならなかった。思い切り急所を針で突かれたような気分になっていた。
(よーするにこいつ、俺に一度ぎゃふんと言わせないかぎりは満足できねえって、そう言ってるんじゃねえか)
と……
「お
円筒を縦に割って横たえたような馬車の荷台の
「まだなんですかぁ? そのキンクホールとかいう村。そこに泊まるんでしょ?」
「ああ」
と、オーフェンはズボンのポケットからヒリエッタの書き置きを取り出した。それを片手で開いて目で追いながら、
「彼女の伝言でな。とりあえず、その村で落ち合おう、だとさ」
書いてあったのはそれだけではないのだが、くしゃ、と丸めるように紙をたたむと、オーフェンは手早くまたそれをポケットにしまい込んだ。
「なにかあるの? そのキンクホールって」
「さあな。聞いたこともない。いや……有名な魔術士がひとり、そこに
「魔術士? やっぱり《
と、これはマジク。オーフェンはかぶりを振って答えた。
「ああ。だが、なんだか
「……なんか、過去形でしゃべってるみたいですけど……」
汗をぬぐいながらつぶやくマジクに、オーフェンは別のポケットからハンカチを取り出して放ってやりながら、答えた。
「ああ、もう生きちゃいないだろう。死んだって
「来年で百二十歳だっていうお
「はいはい」
オーフェンはクリーオウの頭をぽこんとたたいて返事しながら、やれやれと胸中で
ともあれ安心しながらも、痛む歯に
『本来のスポンサーの依頼だろうと、オストワルドの依頼だろうと、わたしは全然かまわないんだけどね?』
つまりキンクホールに来なければ殺す、という
キンクホール・ビレッジの近くまで街道を馬車で進む。村へと続く
「うっわー」
「? どした?」
わけが分からずに、オーフェンは聞いた──別に村の光景は変わったところもなく、ただの辺境の村落然としている。ただただ広がる麦畑は夕日を
進むうちに立派な門構えの
だがなんにしろ、変わったことというのはなにもない。
「なんかあったか? マジク」
オーフェンは、まだ
「いいところですよね」
そっけなく、オーフェンは言った。
「多分な」
「……なんですか、多分って。またお師様、実はここで半年ほど農場暮らしをしたことがあって、しかも現地妻と
「『また』って、お前……いや、俺はここは始めてだがな。多分ってのは、つまり、見かけにだまされるなってことだよ」
──と、それを
「これが見本だ」
「……なるほど……」
妙に深々とうなずくマジクに、じろりと視線を投げ付けながら、クリーオウが低い声を出す。
「なに
「いや別に……」
マジクがそそくさとつぶやいて、全然関係ないほうを向いた。オーフェンは、ちらりとクリーオウのほうをふりかえり、
「おい、お前の剣は荷物の一番奥に隠しとけよ。
「分かってるわよ。わたしだって、馬鹿じゃないんだから」
だったら最初から刃物なんて持ち歩いてんじゃねえよ、とは思うのだが、オーフェンもそれを口に出すほど向こう見ずではない。この少女の機嫌を損ねると、後々さまざまな意味で後悔させられることになる。めいっぱい。
クリーオウは、さしておもしろくなさそうにあたりの光景を見回すと、ひどくぎすぎすした声音で聞いてきた。
「ところで、なんでわざわざこの村を落ち合う場所に指定してきたのかしら? ねえ、オーフェン? あのなんとかいうひと」
どうも、すでに機嫌は損ねていたらしい──と、オーフェンは苦々しく思い出した。
「だから……多分、俺が今置かれている状況ってのは、もう話したよな?」
「コールガールみたいな美人に押し掛け
「だっかっらっ! 彼女のことは、俺もよく知らないんだよ!」
オーフェンはたまらずクリーオウのほうに向き直って、ほとんど
「よくは分からないが、彼女は
ヒリエッタを『殺し屋』でなく『傭兵』と言ったのは、単に話をややこしくしたくないからだ。
クリーオウは、まだなお疑わしげだったが、それでも少しは敵意を
「……なんで、オーフェンのことを護衛する必要があるのよ?」
「俺は今、命を
ぶつぶつと
「あのー、ひょっとして、それってぼくもとばっちりを受けかねないってことですか?」
「……多分、
「あ。よかった」
「なにが『よかった』だよ、
「ぼくはそんなこと、カケラも思ってませんよ──」
「……どこに向かって
「いや、あの山の向こうを飛んでいく鳥さんたちに聞こえてくれればと思って……」
「わけの分からんことを……まあ、いいさ。なんにしろ、俺は複数の殺し屋に命を狙われてるらしいんだよ」
「でも……誰がオーフェンの命を狙ってるっていうの?」
と、これはクリーオウ。オーフェンは事もなげに答えた。
「俺がモグリの金貸しだったってのは知ってるよな。今は貸すほうの資金がなくて、もっぱら取り立てだけだし、あのボルカンのくそ馬鹿を追っかけて借金取り立てなけりゃならんのだが……俺はあの福ダヌキのほかにも、トトカンタでバグアップの奴を
「そっちはちゃんと取り立てたの?」
「七人中、六人が逃げて、五人を取っ捕まえた。その時点でとりあえず金になりそうな財産を持っていたのが四人で、返す気があったのがそのうちの三人。で、途中で気を変えて逃げ出したのがいて、残りはふたり。ひとりは交通事故で
「……カウントダウン人生……」
おののくように、マジクがつぶやく。
「カウ──って、お前……」
分かり切っていたことをいきなり言われて肩を落とすと、ぽん、とその肩に手を置いて
「でもオーフェン、最初の『七人中六人が逃げた』ってことは、ひとりは逃げなかったんでしょ? その人からは借金返してもらえたんじゃない?」
オーフェンはひどく重たく感じる頭をゆっくりとクリーオウに向け、
「そいつが福ダヌキ。あいつの場合、単に逃げるだけの
「……絶望的ねー」
「ひょっとしてお師様、生活力ゼロでしょ。おまけに殺し屋にまで
「人生って、その人の人柄の
「なんでお前らにそこまで言われにゃならねんだ……」
オーフェンは
「なんにしろな、ちゃんと役所に許可を取った正規の金貸し──っても金貸しなんてのはもともとヤクザみたいなもんだからな、奴らにとっちゃ、俺みたいなモグリってのは
ふたりしてまったく同じ疑わしげな目付きをして、マジクとクリーオウが同時に口をはさんだ。
『回収率ゼロのくせに』
「うるせえっ! とにかく、トトカンタの
「……なんなんですかそれは……」
「いいんだよ! ようするに、きっとそーゆう奴に違いないってことだ! そいつが、俺を始末するために殺し屋を傭ったんだ。多分、トトカンタで営業してるモグリの金貸したち全員に見せしめにするつもりなんだろうよ。で、そのことを知ったとある人物が、俺を守るために護衛を傭ってくれたってわけさ」
言いながら、オーフェンは、自分の
(だが、どうするってんだ? 魔術士を見つけたところで)
だが、そんな疑問まで口にしてクリーオウらを混乱させてもしかたない。どのみち、狙われているのは自分であって、自分の連れではないのだし。
「分かったか?」
オーフェンは
「あの……さ」
「あん? なんか分かりにくかったか?」
「いえ、事情は分かったんだけどね、オーフェン、さっきからよそ見してるから……」
「なんだよ。よそ見してるからって、馬が勝手に道から外れるわけ──」
「そうじゃなくって、今、誰か
ごりっ。
「…………」
車輪の下から聞こえてきた、やたら生々しい音に、オーフェンは無表情のまま一筋の汗をたらした。
「え~と……」
言葉に詰まったオーフェンは、とりあえず同乗のふたりを順番に見やった。クリーオウとマジクは、妙にしらじらしい笑みを浮かべて一言ずつつぶやいてきた。
「出所してくるまで待ってるわ♥」
「安心してください。ぼくだけはつつがなく幸福な一生を送りますからね」
「お前らって……」
オーフェンはうめきながらも、とにかく手綱を引いて馬車を停めた。人をひとり車輪に巻き込んだというのに、この牝馬たちは
やたらでかい
「あ──」
その少年の
「ドーチン!」
「借金取り!」
互いに叫び合う。オーフェンは、ふと馬車の下に視線をはわせた。
「てことは──」
「てめえ! コラ! 誰だか知らんが、いきなり人の後頭部を
夕日が沈みかけている。山と森の向こうから、カラスの声が響き渡る。
キンクホール・ビレッジは珍しく一時に五人もの旅人を迎え入れ、にわかに騒がしくなろうとしていた。
キンクホールに宿は
だから──と決めつけるのは乱暴だが、村
「……にしても、その名士とやらは、どうしてこの屋敷を手放したんだ?」
宿の小間使いらしき子供に荷物を持たせて、そのあとをマジクとクリーオウを引き連れ、ぞろぞろと階段を上りながら、オーフェンは聞いてみた。ちなみにボルカンとドーチンは、この宿の台所に手伝いがてら住み着いているらしく、宿に着くなりさっさとそちらに行ってしまった。
返事は、えらくタイミングよく返ってきた。どうやら、
「変死したんだ──って言っても、この屋敷で死んだわけじゃないから、安心して。ずっと村外れで死んだんだ」
マジクより少し年下のその少年は、くりっとした目をきらきらさせながら続けた。
「魔術士に殺されたんだよ」
「魔術士に?」
聞き返したのは、クリーオウだった。一番後ろを、ぱたぱたとついてきている。
少年は、うまくすればチップがもらえると思ったらしい。声を大きくして答えた。
「そうさ。村外れに、フォノなんとかっていう名前の──」
「フォノゴロスだ」
オーフェンは、ぽつりと訂正した。少年は、一瞬きょとんとしかけたが、
「そう。そのフォノゴロス。そんな名前の魔術士の屋敷が、村外れにあるんだ。今は
「幽霊屋敷?」
ぱん、という音に振り向くと、クリーオウが胸元で手を打ち合わせて顔を輝かせている。ブルーの
「おもしろそうじゃない!」
「冗談でしょ?」
信じられないという
「冗談ですよね?」
「クリーオウに関してなら、こいつは本気だろうよ」
オーフェンはあきらめの
「今さら思い出させるまでもねえだろが、お前がその『おもしろそうなコト』に首を突っ込むたびに、事態がいちいちめんどうなことになるんだからな」
クリーオウは、ふん、とそっぽを向いてみせた。
「そんなことはないもん」
「しかも自覚もありゃしねえんだから」
だが部屋まで来ると、クリーオウはあっさりとその話題を忘れたようだった。部屋は、寝室に手を加えたものらしく、それほど広くない部屋にベットがふたつ並べてある。窓は、採光用の小さな窓だけだったのを、クロゼットをひとつ
少年にチップを(多少多めに)握らせてから追っ払うと、クリーオウは上機嫌にベッドを整えはじめた。部屋の隅に荷物を投げ出したマジクやオーフェンを
「──ってクリーオウ、なんでお前が俺らと同室なんだよ」
「え?」
きゅっ、と音を立てて立ち止まり、クリーオウはびっくりしたような声を出した。
「だって、この部屋ちゃんとベッドがみっつあるし」
「…………」
オーフェンは横目で、二台のベッドの間に狭苦しく置いてある
「こういう場合は、年長者が
「
いきなりマジクが、オーフェンとクリーオウ、どちらに言っているともつかない口調で、
「若い男女が
「誰もそこまでは言ってないが……」
困ったように頭をかきながら、オーフェンはクリーオウを
「なんか
「分かる?」
クリーオウがにやにやしながら答えた。
「だって、どうせこれからマジクに魔法のレクチャーをするんでしょ? だったらわたしも聞かなくちゃ」
「聞いても無駄だって言ってんのに……」
オーフェンは上着を脱ぎながら、手近なベッドに腰掛けた。そして短時間で打算する──はっきり言って、この娘と
(ま、いいだろ)
「講義は夕飯の後だぞ」
オーフェンがそう言うと、クリーオウは文字通り飛び上がって歓声をあげた。なにがそんなに嬉しいのかオーフェンにはまるで見当がつかなかったが。
(……まさか本気で魔術士になりたいなんて思ってるんじゃねえだろな?……ま、そう思ってたところで実害があるわけでもねえけど)
そのときは、そう思えたのだ。
「講義っても、今日はむしろ試験だな」
とりあえず夕飯の後、シャワーはないのかとクリーオウが
「試験?」
「そゆこと」
と、オーフェンはクリーオウの横でベッドに腰掛けているマジクへと視線を転じた。開いた
「俺が今までお前に話してきたこと──そいつを、今度はお前の口から説明してみるんだ。ちょうどクリーオウもいるから、こいつにも理解できるようにな」
「ちゃんとやんのよ」
授業参観に来た母親のような仕草で、クリーオウがマジクに言う。
「うん……」
マジクがクリーオウを、ちらりと見やった。その表情からすれば、あまり自信ありげには見えなかったが、とりあえず少し上目遣いに
「この大陸には、魔術と呼ばれているものが大別して七種類あります」
と、思い出そうとするように小首をかしげて、
「そのうちの六種類は、
マジクの呼びかけに、腕組みして目を閉じた姿勢で、オーフェンは答えた。