第二章 わなにかかるおろか者たち




「たまに思うんだけど、オーフェン」

「俺も、たまに思うんだけどな、クリーオウ」

 ふたりは互いに同時に言った。

「あんたって、女たらしだわ」

「お前って、どーしよーもないがままむすめだな」

 しん……と、馬車上が静まり返る。ぽくぽくと足音を立てる馬までもが、ぎよしや台で見えない火花を散らすふたりにさむを感じたらしい。オーフェンはにぎっているづなから、二頭のひんどうようが伝わってきたような気がした。

 自分のわき──御者台の横に、ちょこんと座ったがらな娘のほうは見ないようにしながら、オーフェンは低くつぶやいた。

「どうして俺が女たらしなんだよ」

「なんでわたしが我がままなのよ」

 そのまま、会話がばったりとえる。馬車と同じ速度で周りの風景は後ろへと流れていく。風が吹き、さわさわと下草をざわめかせ、街道のはだかの地面からわずかなじんを引きはがす。太陽は、そろそろ南中するころか。

 オーフェンはにがにがしく、昨夜のことを思い出した──マジクとクリーオウが夕食のことでなにやらもめているところに、血まみれの革スーツを着たヒリエッタを連れ帰ったときには、さすがにどう説明したものか迷ったのだ。結局、ありのままを話した。よくは分からんが、どうやらロハで俺のめんどうを見てくれるらしい、と。

 翌朝になって、ヒリエッタは姿を消していた。書き置きを一通、オーフェンのシュラフのまくらもとに置いて。

 書き置きには、彼女にはなにやら用事があるから急ぐということと、もし彼女の依頼人に会うつもりがあるのなら、ここに来いという伝言が書き残されていた。

 が、それはともかくとして、その書き置きはまずかった──多分、クリーオウは妙な誤解をしているに違いない。少なくとも彼がヒリエッタと一晩中いっしょにいたくらいにはかんちがいしているだろう。直接それを口に出したりはしないが。

「知り合ってから一か月近くつけどね──」

 クリーオウが、まるで指でつまんだようにくちびるをとがらせて、続ける。

「まずわたしのおねえちゃんにプロポーズしたでしょ」

「あれは狂言。しかも発案者はボルカンのごくらくダヌキ」

「街道わきの宿屋で、ウェイトレスのおしりさわったわ。めちゃグラマーな」

「あれは純然たる誤解。いや、ほら──ボリュームがある分、手がぶつかる確率も大きいだろ」

「この前のアレンハタムでも──」

「ステフのことを言ってるなら、あいつはただの友人」

「違うわよ。甘いものなんてめったに食べつけないくせに、クレープなんて買ってたでしょ。あれは絶対に女をひっかけようとしている目付きだったわ。売り子が可愛かわいかったもの」

「ありゃ、お前に買ってやったんだろ。なんだかお前がげんそこねてるから。なんだ、それで怒ってたのかよ」

「違うわ。その前に、馬車に乗ってたおじようさまみたいな女に、手を振ってたでしょ」

「よく見てるな、お前……でも、先に手を振ったのは向こうなんだぜ」

「無視すればいいじゃない! それに、最近じゃ、宿に泊まるたび、夜な夜なマジクとふたりで部屋にこもってわたしを閉め出したりするでしょ。けつよ、そーゆうの」

「あのなあ! 魔術の講義に、お前なんかが参加したってしょうがないだろ」

「…………」

 それを聞いてクリーオウが、しばし口を閉じる──やがて彼女は、いきなり思い出したようにひとみを輝かせると、それまでの不機嫌もなにもかも忘れたように明るい声をあげた。

「わたしも魔術が習いたい!」

 即座にオーフェンは言い放った。

 不服そうに、クリーオウが身を乗り出す。

「なんでぇー?」

だから。それにお前、げつしや払えねえだろ。一応あれでもマジクの奴は、親父から月謝を出してもらってる、れつきとした俺の生徒なんだぜ? 毎月、街のしんたく銀行に振り込まれるんだ」

 だから月に一度は、大きな街に立ち寄らなければならない。しかも伝書ばとでトトカンタの銀行と連絡を取るのには数日の時間が必要だから、その期間はたいざいする必要があった。

 街道のわきに野宿するのと違って、宿泊料がかかって仕様がない。

 クリーオウは、しばらく考え込むようにくうを見つめてから、聞いてきた。

「月謝はともかくとして……なによ、その無駄っていうのは」

「資質のない人間には魔術はできない。これはでんだから、どうしようもない。生まれ変わる以外にはな」

「生まれ変わる、かぁ……」

 クリーオウは言われて、あこがれるような声音を出した。こうして見ていると、そこらにいる、ただのれんな少女に過ぎない。が──と、オーフェンはたんそくとともに付け足した。こいつが剣をかかえて大暴れするところを見たことがなかったら、俺も勘違いしていたかもしれんがね。

「生まれ変わるなら、わたし、魔術士がいいな」

 きゃらきゃらと身体からだを横にゆすりながら気楽に言うクリーオウに、オーフェンは横目で視線を投げながら聞いた。

「生まれ変わりなんて信じてるのか? だが、そいつがあるとして、俺だったら金持ちの次女に生まれたいね。なんの苦労もなく暮らして、間違ってもモグリの金貸しの借金取り立て道中にくっついてきたりはしねえだろうよ」

「なによそれ。仕返しのつもり?」

「さてね。別に、勝手についてきて、しかも俺の金くすねて服やらなにやら買ったりしても、お前がどーしよーもない我がまま娘だなんて言わねえよ。ただ、なんで俺にくっついてきたりしたんだよ」

「ん~?」

 クリーオウが困ったようにまゆを寄せるのが見えた。そのまま、無視して黙り込むかと思ったが、そうではないらしい。単に言うのを迷っていただけのようだった。彼女は、かなり言葉を選んでから、しかも全然関係ないことを答えた。

「わたしね、オーフェンって、絶対そういうことを聞かないって思ってたんだ」

 と、指先であごをかくぐさをしてから、続ける。

「でもね、しばらくしたら絶対に聞いてくるだろうとも思ってたの。だから、用意していた答えがあるんだけど……」

「なんだよ、それ」

「うん。つまり、オーフェン、ちょっと前にわたしに言ったでしょ。わたしのこと『あいぼう』だって」

「…………」

 オーフェンは答えなかった。ただ、ぎくりとするのが自分でも分かった。

 クリーオウは構わずに続ける。

「うまく言えないんだけど、わたしってほら、お嬢様だったでしょ?──なによ、そのうたがわしげな目は」

「いや別に……」

 オーフェンは目をそらした。

「まあいいわ。それでね、わたし、オーフェンみたいな人を見たのは、初めてだったわけ。なんて言うの、ヤクザ?」

「……お前な」

じようだんよ。とにかく、そのとき思ったの。オーフェンと対等になりたいって──そうよ、『相棒』ってやつよ」

「……なんでだよ」

 しわがれ声で、なんとかつぶやく──確かにオーフェンにも、そういうことを言った記憶はあった。単に軽い気持ちで言ったのだが、恐らく誤解されてるだろうな、とは思っていたのだ。

「だってさ、わたしはオーフェンのことすごい人だって思うから、そのオーフェンにも同じように思われたいの」

「……いや、お前はすでにすごいっちゃすごい奴なんだが……」

「そう?」

 クリーオウは、にこっと笑いかけてきた。が、オーフェンはとても笑い返す気にはならなかった。思い切り急所を針で突かれたような気分になっていた。

(よーするにこいつ、俺に一度ぎゃふんと言わせないかぎりは満足できねえって、そう言ってるんじゃねえか)

 と……

「おさまぁー」

 円筒を縦に割って横たえたような馬車の荷台のほろから、マジクが顔を出した。クリーオウが、きつい視線でにらみつけるのが見えた──多分、顔を出さないように命令されていたのだろう──が、むしろオーフェンにとっては救いの神だった。どうやら暑苦しい幌の中でじっとがんっていたらしく、汗だくのマジクは、もう限界だというように口を開いた。

「まだなんですかぁ? そのキンクホールとかいう村。そこに泊まるんでしょ?」

「ああ」

 と、オーフェンはズボンのポケットからヒリエッタの書き置きを取り出した。それを片手で開いて目で追いながら、

「彼女の伝言でな。とりあえず、その村で落ち合おう、だとさ」

 書いてあったのはそれだけではないのだが、くしゃ、と丸めるように紙をたたむと、オーフェンは手早くまたそれをポケットにしまい込んだ。

「なにかあるの? そのキンクホールって」

「さあな。聞いたこともない。いや……有名な魔術士がひとり、そこにいんせいしてたって聞いたことがあるが」

「魔術士? やっぱり《きばとう》の出身なんですか?」

 と、これはマジク。オーフェンはかぶりを振って答えた。

「ああ。だが、なんだかとつぴようもない研究に取りかれていたとかなんとかで《塔》を追放されたのさ。それとも、長老の秘書に手を出したんだったっけかな? とにかく、じやどうとかどうとか呼ばれながらも、その村で研究を続けていたらしい」

「……なんか、過去形でしゃべってるみたいですけど……」

 汗をぬぐいながらつぶやくマジクに、オーフェンは別のポケットからハンカチを取り出して放ってやりながら、答えた。

「ああ、もう生きちゃいないだろう。死んだってうわさも聞いてねえけど。《塔》を追放されたのが五十年近く昔のことで、生きていたら今年で百歳以上になるはずだからな。生きている可能性もあるが……」

「来年で百二十歳だっていうおばあさん、わたし知ってるよ」

「はいはい」

 オーフェンはクリーオウの頭をぽこんとたたいて返事しながら、やれやれと胸中であんいきをした。なんにしろ、ここまで話がそれれば、クリーオウの頭の中にはもはや『相棒』のことなど残ってはいないだろう──そういう少女だ。もっとも、腹の中でなにを考えているのかは知れないが。

 ともあれ安心しながらも、痛む歯にさわってみるような感覚で、オーフェンはポケットの中にある、ヒリエッタの書き置きに思いをせた。マジクやクリーオウには言っていないが、その安物の紙には、もうひとつ、恐らくは重要であろう伝言が残されていた。いかにも冗談めかした一文で。

『本来のスポンサーの依頼だろうと、オストワルドの依頼だろうと、わたしは全然かまわないんだけどね?』

 つまりキンクホールに来なければ殺す、というきようはくだった。

 

 キンクホール・ビレッジの近くまで街道を馬車で進む。村へと続くわきみちに入って、遠くの丘のかげに真っ白い小さな教会が見えはじめたとき、クリーオウと交替して御者台の横に座っているマジクがかんたんの声をあげた。

「うっわー」

「? どした?」

 わけが分からずに、オーフェンは聞いた──別に村の光景は変わったところもなく、ただの辺境の村落然としている。ただただ広がる麦畑は夕日をびて、まるでり入れどきのようながねいろまっていた。辺境の、とは言ってもひなびたというふんではなく、むしろ都市近郊の郊外といったぜいである。まあ実際にここは、キエサルヒマ大陸の四大都市のひとつ、古都アレンハタムと百キロとは離れていないのだが。

 進むうちに立派な門構えのしようしやしきや、小ぎれいにそうされていそうな、小さな学校、中央から辺境村のあんの任をさずかってきたけん官のしよや、小さな農場なども見えてくる。マジクよりいくらか年下であろう子供が、し草をフォークで突き刺した姿勢のまま、肩越しにじっとこちらを見つめていた。子供の足元には年老いたシェパードが寝そべっている。どうやら、本来の羊追いの仕事は子供にでも任せて本人(?)は引退しているのだろう。風に乗って遠くから、羊を追う犬の鳴き声が聞こえてくる。

 だがなんにしろ、変わったことというのはなにもない。

「なんかあったか? マジク」

 オーフェンは、まだきようたんしたままの顔でいるマジクに聞いた。少年が、みどり色のそうぼうをやたらきらきらさせながら答える。

「いいところですよね」

 そっけなく、オーフェンは言った。

「多分な」

「……なんですか、多分って。またお師様、実はここで半年ほど農場暮らしをしたことがあって、しかも現地妻とかくし子がいるってんじゃないでしょうね」

「『また』って、お前……いや、俺はここは始めてだがな。多分ってのは、つまり、見かけにだまされるなってことだよ」

 ──と、それをあいにするように、すぐ後ろからほろのカーテンが開いてクリーオウが顔を出す。昼寝をしていたのか少し髪が乱れていたが、寝ぼけ顔だけはなんとかしようと顔を洗ったらしく、少し肌が湿っている。オーフェンは、ぴっと彼女を指さして続けた。

「これが見本だ」

「……なるほど……」

 妙に深々とうなずくマジクに、じろりと視線を投げ付けながら、クリーオウが低い声を出す。

「なになつとくしてんのよ」

「いや別に……」

 マジクがそそくさとつぶやいて、全然関係ないほうを向いた。オーフェンは、ちらりとクリーオウのほうをふりかえり、

「おい、お前の剣は荷物の一番奥に隠しとけよ。とうと間違えられておなわ、なんてのはごめんだからな」

「分かってるわよ。わたしだって、馬鹿じゃないんだから」

 だったら最初から刃物なんて持ち歩いてんじゃねえよ、とは思うのだが、オーフェンもそれを口に出すほど向こう見ずではない。この少女の機嫌を損ねると、後々さまざまな意味で後悔させられることになる。めいっぱい。

 クリーオウは、さしておもしろくなさそうにあたりの光景を見回すと、ひどくぎすぎすした声音で聞いてきた。

「ところで、なんでわざわざこの村を落ち合う場所に指定してきたのかしら? ねえ、オーフェン? あのなんとかいうひと」

 どうも、すでに機嫌は損ねていたらしい──と、オーフェンは苦々しく思い出した。

 ほろの中からこちらに身を乗り出してきているので、彼女の髪の先が彼の肩のあたりにかかっていた。なんとなくへびに巻き付かれているような心地で、あまり気分のいいものではない。彼はクリーオウの顔は見ずに、答えた。

「だから……多分、俺が今置かれている状況ってのは、もう話したよな?」

「コールガールみたいな美人に押し掛けにようぼうよろしく言い寄られたと思ったら翌朝逃げられて、そのおしりを追ってひょこひょここんなところまで出向いてきたんでしょ?」

「だっかっらっ! 彼女のことは、俺もよく知らないんだよ!」

 オーフェンはたまらずクリーオウのほうに向き直って、ほとんどぜつきようじみた声を出した。

「よくは分からないが、彼女はようへいなんだ──自分でそう言ってた。で、俺をえいするために、とある人物にやとわれたんだよ」

 ヒリエッタを『殺し屋』でなく『傭兵』と言ったのは、単に話をややこしくしたくないからだ。

 クリーオウは、まだなお疑わしげだったが、それでも少しは敵意をやわらげて言った。

「……なんで、オーフェンのことを護衛する必要があるのよ?」

「俺は今、命をねらわれてんだよ」

 ぶつぶつとるように、オーフェンはまた前方に向き直った。馬車はゆっくりと村を突っ切り、宿がありそうなほうへと進んでいく。と、マジクが話に参加してきた──にこにこと、ただし冷や汗をかきながら、

「あのー、ひょっとして、それってぼくもとばっちりを受けかねないってことですか?」

「……多分、だいじようだろ。お前なんぞ殺したところでなんの得にもならねえだろうし」

「あ。よかった」

「なにが『よかった』だよ、しようの命が狙われてるってときに……あ、そうそう。ひょっとして奴ら、お前が師のかたきちに出てくるかもしれねってんで、念のためにお前も始末したがるかもしれんな」

「ぼくはそんなこと、カケラも思ってませんよ──」

「……どこに向かってさけんでやがる」

「いや、あの山の向こうを飛んでいく鳥さんたちに聞こえてくれればと思って……」

「わけの分からんことを……まあ、いいさ。なんにしろ、俺は複数の殺し屋に命を狙われてるらしいんだよ」

「でも……誰がオーフェンの命を狙ってるっていうの?」

 と、これはクリーオウ。オーフェンは事もなげに答えた。

「俺がモグリの金貸しだったってのは知ってるよな。今は貸すほうの資金がなくて、もっぱら取り立てだけだし、あのボルカンのくそ馬鹿を追っかけて借金取り立てなけりゃならんのだが……俺はあの福ダヌキのほかにも、トトカンタでバグアップの奴をちゆうかいにして、何人かきやくをとってたんだよ」

「そっちはちゃんと取り立てたの?」

「七人中、六人が逃げて、五人を取っ捕まえた。その時点でとりあえず金になりそうな財産を持っていたのが四人で、返す気があったのがそのうちの三人。で、途中で気を変えて逃げ出したのがいて、残りはふたり。ひとりは交通事故でついかんばんヘルニア起こしてきんきゆう入院、もうひとりは食い逃げで警察に捕まり、りゆうじようで警官なぐって刑務所行きだ」

「……カウントダウン人生……」

 おののくように、マジクがつぶやく。

「カウ──って、お前……」

 分かり切っていたことをいきなり言われて肩を落とすと、ぽん、とその肩に手を置いてなぐさめるようにクリーオウが声をかけてきた。

「でもオーフェン、最初の『七人中六人が逃げた』ってことは、ひとりは逃げなかったんでしょ? その人からは借金返してもらえたんじゃない?」

 オーフェンはひどく重たく感じる頭をゆっくりとクリーオウに向け、

「そいつが福ダヌキ。あいつの場合、単に逃げるだけのしようがなかっただけだ」

「……絶望的ねー」

「ひょっとしてお師様、生活力ゼロでしょ。おまけに殺し屋にまでねらわれて」

「人生って、その人の人柄のうつかがみよね。人格がこくめいに記録されてしまうんだわ」

「なんでお前らにそこまで言われにゃならねんだ……」

 オーフェンはのどの奥でうめくみたいにつぶやいて、続けた。

「なんにしろな、ちゃんと役所に許可を取った正規の金貸し──っても金貸しなんてのはもともとヤクザみたいなもんだからな、奴らにとっちゃ、俺みたいなモグリってのはざわりなんだよ。国に付け届けをしないですむ分、どうしたってモグリのほうが条件よく商売できる」

 ふたりしてまったく同じ疑わしげな目付きをして、マジクとクリーオウが同時に口をはさんだ。

『回収率ゼロのくせに』

「うるせえっ! とにかく、トトカンタのきんゆう業のもとめがザナドュ・オストワルドって男なのさ。上等のスーツ着て元モデルの愛人やらゴツい取り巻きやら引き連れてでかい顔してる、いやろうだよ。会ったことねえけど」

「……なんなんですかそれは……」

「いいんだよ! ようするに、きっとそーゆう奴に違いないってことだ! そいつが、俺を始末するために殺し屋を傭ったんだ。多分、トトカンタで営業してるモグリの金貸したち全員に見せしめにするつもりなんだろうよ。で、そのことを知ったとある人物が、俺を守るために護衛を傭ってくれたってわけさ」

 言いながら、オーフェンは、自分のうそに気が付いていた──ヒリエッタは言ったのだ。オストワルドの依頼はついでだと。つまり、その『とある人物』の依頼のほうが彼女にとっては優先していた──オストワルドより先に依頼されていたはずなのだ。ヒリエッタにとってはオストワルドの依頼は、単なるぐうぜんの積み重なりにしか過ぎない。もっとも、魔術士を見つけることを本来の依頼としていた彼女が、魔術士を始末したがっているオストワルドのうわさを聞き及び、それを利用したということは考えられなくもないが。

(だが、どうするってんだ? 魔術士を見つけたところで)

 だが、そんな疑問まで口にしてクリーオウらを混乱させてもしかたない。どのみち、狙われているのは自分であって、自分の連れではないのだし。

「分かったか?」

 オーフェンはついひとみを見返しながら、そう聞いた。だが、返ってきたのはクリーオウの、少し困ったようなせりふだけだった。

「あの……さ」

「あん? なんか分かりにくかったか?」

「いえ、事情は分かったんだけどね、オーフェン、さっきからよそ見してるから……」

「なんだよ。よそ見してるからって、馬が勝手に道から外れるわけ──」

「そうじゃなくって、今、誰かいたみたいよ。ほら」

 ごりっ。

「…………」

 車輪の下から聞こえてきた、やたら生々しい音に、オーフェンは無表情のまま一筋の汗をたらした。

「え~と……」

 言葉に詰まったオーフェンは、とりあえず同乗のふたりを順番に見やった。クリーオウとマジクは、妙にしらじらしい笑みを浮かべて一言ずつつぶやいてきた。

「出所してくるまで待ってるわ♥」

「安心してください。ぼくだけはつつがなく幸福な一生を送りますからね」

「お前らって……」

 オーフェンはうめきながらも、とにかく手綱を引いて馬車を停めた。人をひとり車輪に巻き込んだというのに、この牝馬たちはあわてるどころかむしろ面倒臭そうな視線(だとオーフェンは思った)でこちらを見やり、脚を止めた。急いで御者台から飛び降り、最初に目についたのは──

 やたらでかいへびがらと、木箱とを引きずるじんの少年。

「あ──」

 その少年の眼鏡めがねの奥からこちらにとどく、絶望的な視線をオーフェンは認めた。

「ドーチン!」

「借金取り!」

 互いに叫び合う。オーフェンは、ふと馬車の下に視線をはわせた。

「てことは──」

 あんじよう、車輪の下で、案外平気そうにもがいているのは、ぼろぼろの毛皮のマントに身を包んだ、ぼさぼさ頭の地人。こんなところで、しかも剣なんて持ち歩いているのは、こいつ以外にはいるわけがない。向こうはこちらに気づいていないようだが──

「てめえ! コラ! 誰だか知らんが、いきなり人の後頭部をみ付けやがって! とっととどかねえと、パイプでたたみ殺すぞ!」

 夕日が沈みかけている。山と森の向こうから、カラスの声が響き渡る。

 キンクホール・ビレッジは珍しく一時に五人もの旅人を迎え入れ、にわかに騒がしくなろうとしていた。

 

 キンクホールに宿はいつけんしかない。そもそも街道からわずかに外れたこの村には、さしたる特産品もなく、ここを目的地として訪れる旅人も少ない。

 だから──と決めつけるのは乱暴だが、村ゆいいつのこの宿は、見たかぎりではほとんど民家と大差はなかった。もとは、アレンハタムのちょっとした名士が気まぐれに郊外に住もうと決め込んで建てたしきを少し改装したものとかで、ごこは悪そうには見えないが。

「……にしても、その名士とやらは、どうしてこの屋敷を手放したんだ?」

 宿の小間使いらしき子供に荷物を持たせて、そのあとをマジクとクリーオウを引き連れ、ぞろぞろと階段を上りながら、オーフェンは聞いてみた。ちなみにボルカンとドーチンは、この宿の台所に手伝いがてら住み着いているらしく、宿に着くなりさっさとそちらに行ってしまった。

 返事は、えらくタイミングよく返ってきた。どうやら、まり客には欠かさず聞かせているらしい。

「変死したんだ──って言っても、この屋敷で死んだわけじゃないから、安心して。ずっと村外れで死んだんだ」

 マジクより少し年下のその少年は、くりっとした目をきらきらさせながら続けた。

「魔術士に殺されたんだよ」

「魔術士に?」

 聞き返したのは、クリーオウだった。一番後ろを、ぱたぱたとついてきている。

 少年は、うまくすればチップがもらえると思ったらしい。声を大きくして答えた。

「そうさ。村外れに、フォノなんとかっていう名前の──」

「フォノゴロスだ」

 オーフェンは、ぽつりと訂正した。少年は、一瞬きょとんとしかけたが、

「そう。そのフォノゴロス。そんな名前の魔術士の屋敷が、村外れにあるんだ。今ははいおくで、ゆうれい屋敷だってみんな言ってるよ」

「幽霊屋敷?」

 ぱん、という音に振り向くと、クリーオウが胸元で手を打ち合わせて顔を輝かせている。ブルーのそうぼうは──いつものように──ロクでもないことを考えついて、妙に活気づいて見えた。彼女のかん高い声が、宿の中に響き渡る。

「おもしろそうじゃない!」

「冗談でしょ?」

 信じられないというおもちでクリーオウを見返しながら、マジクがぼやく。が、クリーオウのはくされてか、彼はおどおどとこちらを見上げてきた。

「冗談ですよね?」

「クリーオウに関してなら、こいつは本気だろうよ」

 オーフェンはあきらめのいきをもらしながら、つぶやいた。マジクの頭越しに、びしっとクリーオウに指を突き付け、

「今さら思い出させるまでもねえだろが、お前がその『おもしろそうなコト』に首を突っ込むたびに、事態がいちいちめんどうなことになるんだからな」

 クリーオウは、ふん、とそっぽを向いてみせた。

「そんなことはないもん」

「しかも自覚もありゃしねえんだから」

 だが部屋まで来ると、クリーオウはあっさりとその話題を忘れたようだった。部屋は、寝室に手を加えたものらしく、それほど広くない部屋にベットがふたつ並べてある。窓は、採光用の小さな窓だけだったのを、クロゼットをひとつつぶしてもうひとつ、大きな窓がしつらえてあった。がんじような造りの壁には、あまり上等な趣味とは言えないツタと葉っぱのようの壁紙がってあり、それもどうやら宿の主人が改装ついでに貼ったものらしい。

 少年にチップを(多少多めに)握らせてから追っ払うと、クリーオウは上機嫌にベッドを整えはじめた。部屋の隅に荷物を投げ出したマジクやオーフェンをしりに、てきぱきと部屋の間取りやら、備え付けのクロゼットの中身などを開けて調べたりしている。ぼんやりとしたガス灯の明かりの中で、ぱたぱたと走り回るクリーオウを見ながら、オーフェンはいきなり気づいて声をあげた。

「──ってクリーオウ、なんでお前が俺らと同室なんだよ」

「え?」

 きゅっ、と音を立てて立ち止まり、クリーオウはびっくりしたような声を出した。

「だって、この部屋ちゃんとベッドがみっつあるし」

「…………」

 オーフェンは横目で、二台のベッドの間に狭苦しく置いてあるかん寝台をいちべつした。その視線にかぶせるようにして、クリーオウがにっこりと断言する。

「こういう場合は、年長者がえんりよするのよね」

きんしんですよ」

 いきなりマジクが、オーフェンとクリーオウ、どちらに言っているともつかない口調で、

「若い男女がどうきんするなんて!」

「誰もそこまでは言ってないが……」

 困ったように頭をかきながら、オーフェンはクリーオウをながめやった。少女は肩を少しすぼめて金髪を身にまとうようにしながら、なにやら不敵にこちらを見返してきている。オーフェンは、胸中のたんそくとともに、ピンときた。

「なんかこんたんがあるんだろ」

「分かる?」

 クリーオウがにやにやしながら答えた。

「だって、どうせこれからマジクに魔法のレクチャーをするんでしょ? だったらわたしも聞かなくちゃ」

「聞いても無駄だって言ってんのに……」

 オーフェンは上着を脱ぎながら、手近なベッドに腰掛けた。そして短時間で打算する──はっきり言って、この娘とあいというのは死んでも遠慮したいところだ。別に理由があるわけではなくて、単にクリーオウが近くにいるというだけで、なにかしらめんどうなことが降りかかってきそうな気がするからだ。が、それを別にすれば、魔術に関する講義というのも別に余人に聞かせてはならないというわけでもない。それに、二部屋借りるのは、手持ちのぎんの残りを考えれば、ほとんど不可能に近い。ふだんは馬車上で寝泊まりしているから、ほとんどもんしでも、それほど道中にごうはないのだが……

(ま、いいだろ)

「講義は夕飯の後だぞ」

 オーフェンがそう言うと、クリーオウは文字通り飛び上がって歓声をあげた。なにがそんなに嬉しいのかオーフェンにはまるで見当がつかなかったが。

(……まさか本気で魔術士になりたいなんて思ってるんじゃねえだろな?……ま、そう思ってたところで実害があるわけでもねえけど)

 そのときは、そう思えたのだ。

 

「講義っても、今日はむしろ試験だな」

 とりあえず夕飯の後、シャワーはないのかとクリーオウがをこねたのを別にすればへいおんに時間は過ぎ、夜のせいじやくに、静かに虫の声など混ざりはじめた頃合いになって、オーフェンはマジク、クリーオウらと部屋に集まった。そして、窓を開けながらつぶやいたオーフェンのせりふに、クリーオウがそうに聞き返す。

「試験?」

「そゆこと」

 と、オーフェンはクリーオウの横でベッドに腰掛けているマジクへと視線を転じた。開いたまどわくに腰をあずけながら、

「俺が今までお前に話してきたこと──そいつを、今度はお前の口から説明してみるんだ。ちょうどクリーオウもいるから、こいつにも理解できるようにな」

「ちゃんとやんのよ」

 授業参観に来た母親のような仕草で、クリーオウがマジクに言う。

「うん……」

 マジクがクリーオウを、ちらりと見やった。その表情からすれば、あまり自信ありげには見えなかったが、とりあえず少し上目遣いにくうを見上げて、彼は話しはじめた。

「この大陸には、魔術と呼ばれているものが大別して七種類あります」

 と、思い出そうとするように小首をかしげて、

「そのうちの六種類は、たいの時代、神々の『魔法』の力を『魔術』として盗み出した六種類のドラゴン種族によるもので、残り一種類は、そのドラゴン種族のひとつ、てんじんたちからぼくら人間が混血という形で受けいだものです──あの、お師様」

 マジクの呼びかけに、腕組みして目を閉じた姿勢で、オーフェンは答えた。