だが兄は、まるっきりりてない表情でふりかえると、あっさりと言った。

「うむ。やはり当初の予定通り『怪奇! ナイフ刺しても死なない男』にすべきであった」

「だから、それをやるのは誰なのさ」

「当然お前だが……やっぱそれよりも『目が光る! あくりようドーチンごうの中に消える』にしておいたほうがよかったかも……」

「……なんでぼくの名前を使うんだよう」

「なにを言うかっ! しんまい芸人の悲劇を知らんのかっ! 起用されるだけありがたいと思えっ! ネスラー試薬で溶かし殺すぞ!」

 そうるボルカンに殴り倒されて、ドーチンは、あきらめたような表情で鼻血をぬぐった。

 頭をふりながら起き上がって、あたりを見回す。広場は村のほぼ中心に位置していて、古くなった教会の真ん前にある。村はそれほど大きくもないが、かといって小さくもない。広場からの糸のようにまばらに伸びた細い小道が、あちこちに点在する家々へと続いていた。これだけ大きければ、村というよりは街と呼んだほうが適当かもしれない。もっとも、人間の役所では、へきの内側に存在するものでなければ、どれだけのがあろうとも『街』とは認めないことになっているはずだ。

 村というのは街道沿いによく点在している。旅人が往来する必要性から、村にはたいてい宿を経営する一家がひとつはあった。ドーチンらは数日前から村外れの家のに忍び込んでまりしていたのだが、それに気づいた村人が、家事の手伝いをするなら無料で泊めてやってもいいと、村で唯一の宿屋を紹介してくれたのだ。で、彼らはそこにたいざいしながら、当面の生活費をかせぐために見世物商売を始めたわけである。今日が初日だが……

 と、ドーチンは、足元に落としただいじやの抜け殻を見やった。とてつもないしろもので、頭だけでもひとかかえほどの大きさがある。これの実物となれば──体長で十メートル、いやあるいは十数メートルにはなるかもしれない。

「……にしても兄さん、こんな抜け殻、どっから拾ってきたのさ。こんな大蛇、ここらにいるわけないんだけど」

「うむ」

 と兄は、空っぽの革袋をひっくりかえしたりもてあそびながらまんげに答えた。

「その空っぽの木箱といっしょに、近くの森に転がっていたのだ」

「う~ん……」

 ドーチンはうめいて、兄が指さすとおりに木箱を見やった。人が──といっても、地人がなんとかひとり入れるくらいの大きさで、縦横一メートルくらいの立方体である。がっちりと作られていて、この蓋が簡単に取り外せるように改造するのは大変だった。

 だが、それはそれとして、ドーチンとしてはみようにそこはかとなく危機感を覚えずにいられない──

「どうした、ドーチン。今日のお前の失敗をかてに、明日からの興行計画を練り直さねばならんとゆーのに」

「いや、別に、なんでもないんだけど……」

 ドーチンはそう答えて、またちらりと木箱を見やった。その木箱の表面は風化したように、うっすらと汚れていたが、赤いペンキの手書き文字でなにやら記されていた。製造ナンバーらしき数字は、ゼロが五個ほど並んだあと、一となっている。その横の年月日──製造年月日? は、だいたい十年ほど前になっていた。さらには、その下に注意書きがある。天地注意、ワレ物危険、横置厳禁、角突注意、等々……

 そして最後に『危険──開封厳禁あけるべからず』と記されていたのだ。


 ◆◇◆◇◆


 その村で事件は、誰にも気づかれずにひっそりと起こった。キンクホール・ビレッジ。誰も気にとめない、ただの辺境村。

 そしてその事件が起きたとき、本来の当事者は、とっくの昔に死んでいたのだった。