「なんかありやがるな。そのスーツ」

「そういうこと──並大抵の攻撃が通用するしろものじゃないわよ」

 熱気と衝撃でふらふらになりながらも、暗殺者は答えた。炎のせいでげた髪の先を無造作にナイフで切り落としながら、前に出る。

 オーフェンは、そろそろ物音を聞きつけてマジクらがけつけてきてもいいころだろうと、なかば希望まじりに思いながら、言った。

「つっても、中身はなまの人間だ。頭を吹っ飛ばせばいいだけのことだろ」

「なら、そうすればいいじゃない? 正当防衛でつみにはならないでしょ」

 ヒリエッタが余裕げに、ナイフをかざしながらそう答える。口元には、笑みすら浮かんでいた。

 オーフェンは、ちっと舌打ちして、

「最近の法律じゃ、なにをやってもじよう防衛になっちまうんだよ。特に、あんたの首なし死体の写真をばいしんいんたちが見たら──」

「なら、いいコトを教えてあげる──」

 ヒリエッタは、ばさりと黒髪を跳ね上げると、

「あなたの暗殺をわたしに依頼してきたのはね、オストワルドという男よ。ザナドュ・オストワルド」

「あのトトカンタのあくみよう高いこうがしかよ。そりゃ、奴のシマで多少は商売したがね。それはそうと、そんな簡単に依頼人の名前を明かしちまって構わねえのか?」

「いいのよ」

 彼女のにっこりした笑みは、多分どちらかというと、りよくてきな部類に入っているとオーフェンは判断した。

 彼女は、ひどく気楽な調ちようで続けた。

「いいのよ。わたしの依頼人は、ひとりだけじゃないから──そうね。オストワルドの依頼は、ついでってトコ」

「……じゃあほかにも、あんたに俺の暗殺を依頼した男がいるってわけか」

「残念。あなた、世の中の誰も彼もが自分を殺したがってるとでも思ってるわけ?」

 ヒリエッタはそのまま表情を変えずに──手にしていた大型のナイフを投げつけてきた。

「──くっ──!」

 オーフェンはわずかに動いて(というより、一瞬のことで『わずか』以上の動きなどできるわけがなかった)ナイフをかわしたが、もともとそのナイフはよけるまでもなく標的を外していた。オーフェンがそのことに気づいたとき、彼の背後で悲鳴があがる。

 ふりかえると、中年の角張った顔をした男が、のどの下からナイフを突き上げられたような格好で血を吐き出している。男の手には、小型のボウガンが矢をつがえられた状態で構えられていた。

 即死状態で地面に倒れる男にオーフェンが唖然としていると、ヒリエッタは気楽に両肩をすくめて種明かしをした。

「オストワルドは用心深い男よ──わたしのほかにも何人か殺し屋をやとったらしいわ」

「……ならどうして、あんたがそのお仲間を殺したりするんだ」

「言ったでしょ? オストワルドの依頼はついでだって」

 彼女は事もなげに言うと、ナイフを回収するためか、すたすたとおおまたでオーフェンのわきを通り抜けた。その後ろ姿に向かって、オーフェンは聞いた。

「よく意味が分からねえんだがな」

「ようするにね、オストワルドじゃなくって、わたしの本当のスポンサーが望んでるのは──腕の立つ魔術士をひとり、彼のもとに案内すること」

 に落ちない気分で、オーフェンは髪をかきあげた。

「ならなんで、俺を襲ったんだよ」

「あなたの腕を試したかったのよ。それで、ひょっとしてあなたが死んじゃったりしたら、オストワルドの依頼を果たしたってコトでほうしゆうをもらえるでしょ? だから、彼の依頼はついでなの。なにしろ、あなたが本当にすぐれた魔術士だとしたら、わたしがかなうわけがないものね?」

 彼女が最後の『ね?』を質問調子で発音したので、オーフェンはなにか返事をしなければならなくなった。が、彼は、その代わり疑わしげに質問した。

「本当のスポンサーってのは、だれのことだ」

「さあ……ね!」

 ヒリエッタがそうつぶやきながら、男の死体からナイフを引き抜く。絶命した死体からはもう血がき出るようなことはなかったが、血まみれの男の死体を抱き起こしただけで、既にヒリエッタのスーツは血だらけになっていた。

 ほおに血のついた顔で、彼女がふりむいた。そして言った。

「依頼人の名前をそうそう簡単には明かせないでしょ?」

「よく言うよ」

 オーフェンは鼻を鳴らして、彼女の姿を見つめた。実を言えば、こんな悪趣味──殺し屋と組んで仕事をするだと?──に付き合うつもりなどもうとうなかった。ただ、顔についた血をぬぐう彼女を見ながら、オーフェンは、ヒリエッタという名前に心当たりがあることを思い出していた。

けん〟ヒリエッタ。もしうわさが本当であれば──

 魔術士殺しの専門家である。


 ◆◇◆◇◆


 その事件が起こったとき、ドーチンはその発生現場に意外と近いところにいた──が、だからといってどうというわけでもなかった。むしろ──

「さあさあさあ! おっちゃんもおじようちゃんも、寄ってらっさい見てらっさい! ご当地におきましては本邦初公開! ボルカン商会のっ子、恐怖! へびおとこでございます。お代は見てからのご善意でということで、ちょっとそこ行くおあにいさん! これを見逃しては七代までの損! 六代たたってなお足りない……」

 外からは、そんな兄の呼び込みの声だけが聞こえてくる。なんにしろ、箱の中は暗く、せまかった。しかも兄がどこから拾ってきたのか知れないその木箱は、もとはなにが入っていたものやら、みようにおう。

「六代と申しましてはまごのそのまた孫、それでも足りずにもう一代気張らねばならぬという、こりゃとんでもない月日を言うわけでございます。それだけの月日を待つために、いったい何組のご両人が切ない夜を過ごさねばならないのか……」

 なにを言っているんだかよく分からないが、とにかく声からすれば、兄はじようげんで呼び込みを続けている。つまるところ、順調に見物人が集まっているらしい。あとはファンファーレとともに兄が木箱のふたを開ければ、このくそくだらないこうぎようは終わりというわけだ。

(まったく)

 と、ドーチンは胸中でため息をついた。

(なんなんだ。どーしてぼくが、こんなメにあわなくちゃなんないんだよお)

 そもそも彼は、このもののアイデアには最初から反対だったのだ──いくらここが都会から多少は離れた、辺境の村だからといって、こんな子供だましの見世物に金を払う者などいるわけがない。

 またたんそくし、あつ眼鏡めがねを外してから、いつも着ている毛皮のマントのすそでふいて、かけ直す。

 彼が実家を出ることになったのは二年前だが、我ながらよくもまあ、命が続いているものだと思う。この二年間というもの、兄が持ってくる、あからさまにいかがわしい商売話に乗ってはその後始末に追いかけまわされるという生活をくりかえしている。それもこれも、兄があの蛇みたいにしつこい人間の金貸し魔術士に多額の借金をしているせいなのだが……

 と、そこまでぶつぶつと考えたとき、箱の外では兄が大声で叫んでいた。

「それではっ! とくとかつもくしてご覧ください──世にもあわれな蛇男にございます!」

 ドーチンは、ぎくっと身体を震わせたが、もう遅かった。箱の正面が、兄の手によって外される。真っ暗な箱の中に、真っ白なの光が飛び込んできた。

 村の広場には、ドーチンが予想していたよりはるかに多い見物人が集まってきていた──さすがに初夏の季節だけあって働きざかりの男というのはいないが、昼下がりにひまを持て余した主婦らしき中年の女や、それに連れられた小さな子供、昼休みに教会(こういった辺境では、学校を兼ねていることが多い)から抜け出してきた少年少女らといった面々だ。開け放たれた箱の前には、兄のボルカンが蓋を片手に聴衆の反応を待ってじっとしている。いつものようにぼさぼさの頭で、毛皮のマントに帯剣した、身長百三十センチほどの『じん』である。本来は大陸の南端マスマテュリア──地人領──からは足を踏み出したりしないので、人間領で姿を見かけることはほとんどない。数百年前にこの大陸に入植してきた人間たちとは違い、まったくの土着種族である。もっとも、いつの間にか逆に、彼ら種族のほうこそ、人間たちにとってもっぱらやつかいものもくされるようになっていたが。

 ドーチンもまあ、兄と似たような格好をしていた。と、それに加えて兄がどこからか拾ってきただいじやがらぼうのように頭からすっぽりとかぶっている。聴衆の視線にひたすらにえながら、ドーチンは赤面し、投げやりな棒読み口調で声をあげた。

「う……うお!」

 …………

 やにわ、静まり返っていた広場が──

 うおおおおおおおおおおおおっ!

 かんせいき上がる。

「受けたっ!」

 ガッツポーズをとる兄を横目で見ながら、ドーチンはどぎまぎして、歓声に耳をやった。

「すごいよママ! これが父ちゃんの言ってた『ほうろうするらくごしゃ』ってやつだね!」

「見世物芸なんて、もう一世紀も前になくなったと思ってたわっ!」

「こらこら、マイケル。よあんまりじろじろ見ちゃ。口から飛び込んでくるかもしれないでしょ」

(……どーも、ねらいとは違う受け方をしてるみたいだけど……)

 だが、ボルカンのほうはまったく気にもしていないか、さもなくば気づいていないらしい。革袋の口を広げつつ、

「さあみなさん! この哀れな蛇男、真人間にもどるための手術代かせぎにご当地をはじめ各地をほうろうしているのでございます。みじめ哀れとお思いになったのでしたら、どーかこの袋にみなさまのご厚意をいただきたく──」

 兄がにこにこと袋を開けたときには、もう見物客のほとんどはこちらに背中を向けていた。みな、おのおのの帰途に散らばりながら、

「いやあ、笑った笑った」

「たまには他人を見て笑うのっていいわよね」

「まさか今時、あんなのをおくめんもなくやる奴がいるとは思わなかったよ」

「ああいうのは、保存しておかなければならないわよね」

こんちゆう採集用のぼうざい、ぼく持ってるよ!」

「…………」

 一転して、がらんとひとのなくなった広場にぽつんと残り、ドーチンは兄の背中を見ながらたび嘆息した。かぶっていた蛇の抜け殻をずるりとわきに落として、

「だからやめようって言ったのに」