Part 01: ……体調が優れなかったわけではない。ただ、その日の夜はなぜか唐突に目が覚めた。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……。まだ、3時……。 枕元にある置き時計で時刻を確かめてから、私はむくりと起き上がって……ふぅ、と息をつく。 サッシで隔てられた縁側に顔を向けると、カーテンが少し開いていた。そのガラス戸の隙間から漆黒の闇に染まった、外の様子が見てとれる。 ……思い出す。#p雛見沢#sひなみざわ#rに来た当初は、この静かすぎる暗がりの景色がたまらなく不安で……嫌で仕方がなかった。 なぜなら、今の自分自身が孤独であるという事実をいやが上にも思わずにはいられなかったからだ……。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: (……ひとりでいることには、慣れているつもりだった。長い入院暮らしで両親と会えるのも週に一度くらいで、ましてや同世代の友達なんて……誰も……) それでも、病院では医師の先生や看護婦さん……病院の職員さんたちが治療や診察の合間に何かと笑顔を絶やさずに、優しく話しかけてくれた。 彼らにしてみれば、それは職務の一環であり義務で行っているだけだったのかもしれないが……それらにほんの少し、慰められていたのも確かだ。 だけど……この村の暮らしでは、その程度さえ望むべくもない。村人たちは私に話しかけるどころか目を合わせるのも厭わしいと、常に無視し続けている。 そんな冷遇に打ちひしがれて、傷ついて……こんな暮らしは嫌だ、元に戻してくれと床について何度泣きながら願ったことか……。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: (……今となってはもう、さして気にもならなくなったけど) とはいえ、それはおそらく自分の心が強くなったのではなく……彼らに対して期待せず、完全に諦めてしまったせいなのだろう。 だからこそ、私は「あの人」に加担した。運命を変えられるのかどうかは定かではないとしても今を否定できるのなら、それでいいと思って……。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……。はぁ……。 胸の内に広がったどす黒い澱みを追い出すべく、私は再び大きく息を吸って……吐き出す。 最近は良い薬を処方してもらっているおかげか発作的に苦痛を覚えるようなことがぐっと減り、日々の生活を不自由なく送れるようになった。 それでも時々、こんなふうに特に異常がなくてもなかなか寝つけず……わけもなく気分が鬱々として邪な感情に支配されかけることがいきなり起こる。 つくづく面倒の多い身体だと呪わしく思えて……いっそ終わってしまえと自棄を起こしかけたのも、一度や二度のことではない。 ……だけど、そのたびにあたたかな希望の灯火で私の心を明るく照らし、安らぎを与えてくれたのは「あの子」との出会いの記憶だった……。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……さん……。 きゅっ、と胸元で両手を握りしめながら、私は「彼女」の名前を呟く。 この思いは、相手にとって重荷でしかなく……言葉にしてもきっと迷惑にしかならないだろう。それは自分でも、痛いほど理解している。 でも……いや、だからこそ私はいつか「あの子」に真実と、「救い」を伝えたいという願いがあった。彼女の優しさに対する、せめてもの恩返しとして……。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……別に、わかってもらえなくてもいい。ただ、この想いが届くことがあればそこで全てが終わったとしても……悔いはない。 それは、人魚姫が願いを叶えたことで泡沫のごとく消える最期を迎えたように……。 大切な人のために力を貸して役立つことで、己自身の生きてきた証と意味を示したい。……それが、私の覚悟だった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……? と、その時……ふいにガラス戸の外で、何かが動くような影が目に映った……ような気がした。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 何かが……外に、いた……? この住居がある古手神社の裏手には、雑木林の生い茂る山がある。季節の変わり目などで営林署の職員が伐採や手入れを行っているが……。 それでも人の目の届かないところでは、野生動物がねぐらを構えて生息しているとの話を小耳に挟むことがあった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ウサギ程度の小動物ならいいんだけど、猿とかイノシシとかだったら……どうしよう。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 獣の駆除を町会に相談するにしても、きっと神社の敷地の管理もできないのか……とまた嫌味を言われるんだろうな。 村の年寄りたちが投げつけてくる辛辣な言葉が、声がなくとも聞こえてくるようで……気が重い。 いっそ町会ではなく役場などに直接連絡して、猟友会の派遣を要請する方法があればいいのだが……この雛見沢は「特殊」で、それができない。 いや、実際には「一応」できる。……ただ、後々面倒になることが確実なのでその選択肢は自ずと除外せざるを得なかった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 鹿骨市雛見沢「地区」……通称「雛見沢村」。連合町会の町会長が「村長」と呼ばれて、役所ではなく「町会」の仲介を求められる……。 つまり、行政上の手続きは役所で行われるが……組織への連絡や要請などは全て「町会」を通じて行うことが非公式かつ慣例的に定められている。 それを軽視すれば、村人たちからの風当たりはさらに激しく……そして冷たいものへと変わるだろう。最悪、無視以外に嫌がらせもしてくる可能性もある。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……仕方ない。 とりあえず、もし見間違いなどであったら別の方向から嫌味を言われるかもしれないのでそれを確かめるべく、私は布団から出る。 そして着替えてから懐中電灯と、護身用代わりに玄関の箒を手に取り……慎重に気配を殺しながら外に出て神社の境内へと足を進めた。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……いない。気のせいだったのかな。 しばらくの間歩き回って周辺を調べた後、安堵と若干の肩透かし感を覚えた私は……大きく息をつく。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ただの気のせい……か。はぁ……。 とりあえず、慌てて町会に連絡しなくて本当に良かった。そう思って住居に戻ろうと踵を返しかけた――その時だった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……っ……? 鳥居のそばに動くものを視界の端にとらえた私は、とっさに腰を沈めて緊張をみなぎらせる。 この時間に神社を訪れる者は、獣でなければほぼ確実に怪しい目的の不審者だ。そして、唯一の例外があるとすれば――。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……ぇ、……あ、あなたは……? 月明かりが照らし出す中、ゆっくりとした仕草で「その人」はこちらへと顔を向け……。 雅: ……絢。まだ起きていたのね。 「彼女」――西園寺雅さんは気怠げな声で、私の名前を呼んでいった。 Part 02: #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……お久しぶりです。いつ以来の再会になるでしょうか。 雅: さぁ……もう、忘れた。 石段に座っている西園寺雅さんは顔を戻して頭上の月を仰ぎながら、素っ気なく返す。 ……なぜだか今夜は、後ろ姿が小さく見える。それが心配に感じられた私は彼女のもとへと歩み寄り、隣に腰を下ろした。 雅: …………。 雅さんはちら、とこちらに少し顔を向けてから特に拒む様子もなく、無言で視線を空へと戻す。 私も、特に伝えたいこともなかったので……しばらくの間彼女に合わせて、星座の配置を目で追っていた。 雅: ……絢。 沈黙を破ったのは、雅さんからだった。呼びかけられた私は「はい」と応えて、おもむろに顔を振り向ける。 雅: 身体の具合は……?こんな夜中まで起きていたってことは、また何か発作でも……? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ふふ……ご心配には及びません。これでも最近は、ずいぶん症状が軽くなって体調が安定するようになりました。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 助けは必要ない、なんて思い上がったことはお世辞にも申し上げられませんが……深刻な危篤に陥る心配はないと思います。 雅: ……そう。……た。 その呟きは小さくて、最後は聞き取ることがうまくできなかったのだけど……なんとなく、「よかった」と言ってくれたような気がする。 単なる聞き間違いかもしれない。だけど私は、そうであってほしいと心から思い……。 そして、彼女自身が必死に押し隠して否定さえしようとしている本来の心優しさの存在を、できることなら信じたいと願って……祈りたかった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: あなたこそ、大丈夫……ですか?今夜はひときわ、顔色が悪いようにお見受けするのですが。 雅: えぇ。……問題ないわ。 そう答えるものの、声には力が感じられない。……気力で強がってみせる余裕もないのだろうか。 私の懐中電灯で照らし出された雅さんの全身はあちこちが泥によるものなのか、それとも血か……黒く汚れてしまっている。 そばに置かれた薙刀は、刃がこぼれている。……どうやら今回も、過酷な「任務」を終えて「世界」を渡ってきたことがうかがい知れた。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: (この人の行いの内容についての是非、善悪についての褒貶は分かれるとしても……) 執念さえ感じられるその勤行ぶりは、賞賛されて然るべきだと思っている。……それが、私ひとりだけであったとしてもだ。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……。またひとつ、「世界」の終焉を見届けてこられたのですか? 雅: ……ひとつじゃない、4つ。どれも似たような「世界」で、同じ結末を迎えたわ。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: そうですか。……お疲れ様です。 労いの言葉などは、何の慰めにもならないと理解していたけど……それでも私はあえて、それを雅さんに伝える。 世間はきっと、彼女のことを冷酷だと思うだろう。……だけど、本当に人間性を失ってしまったひとはこんなふうに心を閉ざしたりはしない。 雅さんがやろうとしていることは、間違いなくこれまでの「世界」の理の破壊だ。だけど同時に、再生……いや、創造でもある。 なのに、その崇高すぎる目的を大義名分……いや逃げ口上にして正当化することもなく、自己陶酔に浸って己を飾ったりもしない。 それどころか、あえて自らを「悪」として憎悪を集め……罪と罰を背負い込もうとしている。その強さと覚悟が、彼女にはあるのだ。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: (この人はいずれ、己のやってきたことの報いを受けて地獄に落ちるだろう。でも……) 決して救われることのない運命ならば、せめてその瞬間を見届けてあげたい。……そんな想いを、私は胸の内に秘めていた。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: (それでも、雅さんと「あの子」が邂逅して、結果的にお互いが対決の道を選んだ時は……) 私は、どちらの意思を尊重すべきなのだろうか。全てを救う側に手を貸すべきか、それとも……? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: っ、……雅さん。 残酷な考えに浸りかけたところを無理矢理中断して、私は雅さんに声をかける。 問題を先送りしているだけなのかもしれないが、彼女が今欲しているのは休みであり、回復だ。そう思って私は、言葉を繋いでいった。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: よろしければ、中で休んでいってください。この「世界」では客間がまだ空いているので、誰の目にもつくことはないと思います。 雅: …………。 雅: いえ、遠慮しておくわ。今は真夜中だから心配の必要はないかもしれないけど、明るくなると身動きが取りづらくなる。 雅: ……その代わりに少し、何か飲み物を頂戴。喉が渇いて、息が詰まりそうだから。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: わかりました。……少しお待ちください。 それに応じて私は踵を返し、足早に自宅へ戻る。 ……一応断ったものの、二拍ほど間があった。問題がない時はあっさりと切って捨てるはずなので、迷ったのはそれだけ疲れているからに違いない。 それに、飲み水程度も汲みに行こうと思えないのは足腰に限界が来ているという、何よりの証拠だろう。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: (……大丈夫だろうか) そんな心配を胸の内で呟きながら私は玄関の扉を開け、自宅の中に入っていった。 Part 03: ……血の臭いにも、臓物のおぞましさにも慣れた。いや、慣れざるを得なかったというのが正解か。 とにかく今は、前に進むしかなかった。この「世界」を構成する「あれ」を持つ者を探り当てて、奪い、破壊する……。 それだけが、私に与えられた使命。……同時に、「呪い」でもあった。 雅: はああぁぁぁあああぁぁっっ!!! わらわらと押し寄せ、立ち塞がる亡者ども……意識を奪われて、正気を失った#p雛見沢#sひなみざわ#rの村人たちを次々に斬り伏せ……ひとりずつ、打ち倒していく。 ……顔は見なかった。そうすることで、たとえ知っている人間であっても罪悪感や喪失感を過剰に抱かなくてもすむから――。 村人A: ぐわあぁぁあっ……?! 村人B: ……ぐええぇぇえぇっ!! いや……実際には、無視することなどありえない。ただ、それが可能だと思い込もうとしていただけだ。 なぜなら顔は見なくとも、断末魔の声はどうしても情報信号として耳に届き……そして、「残って」しまう。 絶望。悲しみ。怒り。憎しみ。そして、恨み――斬って暴れて回れば回るほどに、それらの悪感情が流血とともに浴びせられて……ッ。 村人C: ぎゃぁぁああぁっ……?! 雅: っ、……ぐ……ぅ……!! 喉元にまでせり上がってきた吐き気をこらえ、私はさらに薙刀を振るってひたすら突き進む。そして――。 雅: ……っ、やっと……見つけた……。 梨花: ――……。 雅: 覚悟しろ……この鬼、いや……※※めッ……!! そう告げながら、渾身の力を込めて薙刀を大上段から振り下ろした次の瞬間――! 梨花: そんな血まみれの顔で、何を言っているの?鬼はむしろ、あなたでしょ……? 雅: なっ……、ぐ、……あぁ……?! その言葉にはっ、と動きを止めた私は思わず薙刀を取り落として……。 慌てて拾おうと手を伸ばし、血まみれになったそれに目を向けると、醜くおぞましい……鬼の手に――。 雅: ……ぁ、あぁ……ぁ……。 雅: っ、ぅわあああぁぁぁああああぁぁぁっっ!!! 絢花:巫女服: ……さん……、雅さんっ……? 雅: ……っ……?! 雅: っ……ぁ、……絢……? #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 大丈夫ですか……? 石段に座って眠りながら、うなされていたようでしたが。 雅: ……なんでもない。ただ、おかしな夢を見ただけよ。 そう言って私は、暑くもないのに汗だくになって額にはりついた前髪を払い……大きく息をつきながら空を見上げる。 無数の星がきらめく空には、月の輝き。……どこにいてもいつになっても、この光景だけは何も変わらないままだ。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: どうぞ。……持ってきました。 絢から手渡された冷水を、私は一気にあおって飲み干す。 わずかに感じる、レモンの味と香り。ご丁寧に甘みも加えられているようで、鬱屈した気配が癒やされていく……。 雅: っ……ありがとう。少し、ましになったわ。 そう礼を伝えてから私は、脇に置いていた薙刀を手に取り……すっくと立ち上がる。 ……一瞬、わずかによろめきそうになったが四肢に力を込め、背筋を伸ばせるだけの心身の余裕が戻ってきたのを感じていた。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: ……もう、「行く」のですか。 雅: えぇ。邪魔をしたわね。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: いえ、そんなことは。……武運長久を、心からお祈りしております。 雅: ……。ありがとう。 その言葉を残して、私は石段を下っていく。……振り返らなかったのは、これ以上絢に心配をかけたくないという矜持だった。 …………。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: 他人が聞けば、途方もない……実現など不可能な絵空事な妄想だと、嘲笑われるかもしれませんが。 #p西園寺絢#sさいおんじあや#r: たとえ夢が叶わなかったとしても、あなたが挑み続けた努力と想いの強さは……決して忘れたりしませんよ。